れた両特使は、棚にぎっちりと並んだ夥しい兵器模型にたちまち魂を奪われた。
「これは何でしょうか」
「これは何ですの」
「ああ、それは陳腐《ちんぷ》なものばかりじゃ。今列国の兵器研究所が、秘密に取上げているものばかりだよ。今頃そんなものに手をつけては手遅《ておく》れじゃ。こっちへ来なさい」
 博士は興味のない顔で次の室《へや》へ。
「この大金庫の中には、世界一を呼称《こしょう》する新兵器の設計書袋が五百五十種入って居る」
「ほう、五百五十種もですか」
「そうじゃ。さっき泥的チーア卿《きょう》が、この中の五十三種を攫《さら》っていってしまったよ」
「ええ、チーア卿が……あの、五十三種も……。それはたいへんだ」
「なあに、愕くには当らんよ。もうあと三十分もすれば、チーア卿は後悔するだろう」
「と申しますと……」
「あの五十三種の書類はあと約三十分すれば、自然発火するんじゃ」
「自然発火?」
「そうじゃ。この書類は一定の温度と湿度と気圧のところに在る限り安全じゃ。つまりこの部屋はその適切なる恒久状態においてある恒温湿圧室《こうおんしつあつしつ》なのじゃ。したが、一旦他へ搬ばれ温度と湿度と気圧が違ってくると、一定時間の後には用紙が変質して自然発火するのじゃ。チーア卿は、さっきの装置で調べると、今飛行機にあれを積んでインド方面へ向けて飛行中だが、見ていなさい、あと三十分で飛行機は空中火災を起して墜落じゃ。泥棒にはいい懲《こら》しめじゃよ」
「へえん、それはそれは……」
 ベラントとルスとは、目を三角にして、互いに顔を見合わせた。
「わしは元来淡白じゃ。君たちの要求をもう一度改めて聞いて、すぐそれに適《かな》ったものを売ってあげよう。希望をいってみなさい」
「はあ、それは有難うございます。博士、アメリカの欲しいものは、世界一の物凄い破壊新兵器で、これを防ぐに方法なしというものを頂きとうございますの」
「そうなんです。戦艦と雖《いえど》も飛行機には弱く飛行機と雖もロケーターには弱く、ロケーターと雖も逆ロケーター式ロケット爆弾には弱い、金博士と雖も燻製料理には……いや、これは失礼……というわけですが、ルーズベルトのお願いしたいと申す新兵器は絶対に弱味のない不死身《ふじみ》の手のつけられないハリケーンの如き凄い奴を、どうぞ御提供願いまする」
「そうか。そういうことなら共軛回転弾《きょうやくかいてんだん》が条件にぴったり合っている」
「えっ、共軛回転弾。ああ、なんというすばらしい名称でしょう。大統領はどんなにおよろこびになることでしょうか」
「ええと、あれは第五十四号だったな」
 と、博士は大金庫の中から設計書類の一つを引張りだした。袋の口から中を覗いていたが、するりと抜きだした折畳んだ大きな紙。それを机の上に拡げる。
「あら、白紙《しらかみ》だわ」
 ルスが愕いた。
 博士は無頓着《むとんちゃく》に、その大きな紙の四隅をピンでとめた。それから机の下をさぐっていたが押し釦《ボタン》の一つをぷつんと押した。すると紙がぱっと蛍光色《けいこうしょく》を呈して光りだした。空白《くうはく》の紙上にはありありと図面が浮び上る。
「共軛回転弾というのは、こういう具合《ぐあい》に、二つの硬《かた》い球が、丁度《ちょうど》鎖《くさり》の環《わ》のように互いに九十度に結合して、猛烈な高速で回転するのだ。そして互いに相手を励磁《れいじ》して回転を促進し、永久に停まらない。この硬い球は、原子核の頗《すこぶ》る大きいものだと思えばよろしい、わしが五年かかって特製したものだ。硬いこと重いことに於て正に世界一。そしてこれを共軛回転させてスピード・アップすると、その速力は音波の速力の約三十倍となる。そこへ持って来て、これは一名『鉄の呪い』という名があるくらいで、鉄材を追駆けて走りまわるのじゃ。じゃによって、いかなる戦車群、いかなる大艦群《だいかんぐん》、いかなる武装軍も、たちまちこの回転弾のために粉砕されてしまうというわけだ。この共軛回転弾によって破壊し得ないものは、この地上に一つもない。どうじゃ、聞いているのか」
「ええ、聞いていますとも、まあなんというすばらしい新兵器でしょう」
「ああ、一千億ドルの値打があるよ。現物《げんぶつ》はこっちにある。来てみなさい」
 金博士は悠揚迫《ゆうようせま》らず、更に奥の部屋に案内する。そこは倉庫のようなところだった。博士の立停って指すところに、一つの木箱《きばこ》があった。箱の大きさは二|米《メートル》立方。
「これじゃ。この中に入っとる」
「まあ、危くありませんの」
「いや、まだ起動《きどう》して居らぬから危くない。この棒を抜くと、まず一部分に静かなる化学変化が起り始める。その化学変化がだんだん発達して、小さな歯車が動きだす。電気が起る。
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