小さいモーターが廻る。だんだんと大きな牽引力《けんいんりょく》が起り、電力が発生し、やがて二つの硬球《こうきゅう》が双方から寄って来て、ぐるぐると回転をはじめる。するとこの箱がめりめりと壊れる。中から回転弾が、ぼうんと飛び出す。あとはめりめりもりもりと破壊が始まる」
「すげえもんだなあ」
「目的地にこの箱がつく時刻が分って居れば、この時限管《じげんかん》の適当なるものを壊しておいてから起動棒を抜くと、ちゃんと所定の時刻に回転を始める仕掛になって居る。目的地へこの箱のつくのは何時間後じゃな」
博士は二人の特使の方をふりかえった。
「はい。目的地へつくのは、これから輸送機を呼んで、一時間後には当地を出発できますから、あとワシントンまで六千九百九十九キロを平均時速八百キロで飛んで、八時間と四十五分。飛行場から直ちに白堊館《はくあかん》まで自動車で搬《はこ》んで大統領に謁見するとしてその時間が十五分。合計|丁度《ちょうど》十時間。十時間です。博士」
「十時間、ああよろしい。正確に十時間後と調整して置こう」
5
ルーズベルトの両特使は、鬼の首をとった以上の悦《よろこ》び方で、直ちに電報をうって、「共軛回転弾を持ちて帰国する」旨《むね》を大統領に報《しら》せるやら、輸送機を呼びよせるやら、俄《にわか》に中国大陸|土産《みやげ》を掻《か》き集めるやらで、こま鼠《ねずみ》のようにきりきり舞いをしていたが、それでも一時間後には、ちゃんと輸送機上の人となっていた。もちろん共軛回転弾の箱は、機上に大事に保管されていた。
大陸を出発。成層圏まで一気に上昇して、逆流をついて東へ飛行をつづけ、予定のとおりワシントンへ凱旋《がいせん》したのであった。
それから後の話は、むしろ金博士の部屋に於て描写するのがよいであろう。
金博士は、珍らしく新聞を読んでいる。その翌日の夕刊紙だった。
新聞の上段ぶっとおしの特初号活字《とくしょごうかつじ》の白ぬきで伝える大事件の特報……
“ワシントン、一夜のうちに崩壊《ほうかい》す――白堊館最初に犠牲《ぎせい》となる。危機一髪、ル大統領、身を以て遁《のが》れる。崩壊事件の真相全く不明”
“ワシントン崩壊事件の原因は、不可視怪戦車か。――崩壊は引続き蔓延中《まんえんちゅう》――軍需工場地帯を南進中”
“被害|遂《つい》にニューヨーク市に波及《はきゅう》。高層建築地帯は昨夜のうちに全壊”
“不可視戦車の音を聞くの記――特派決死記者アーノルド手記”
“不可視戦車鎮圧に出動の第五十八戦車兵団全滅す。空軍の爆撃も無力。鎮圧の見込全然なし”
“怪犯人の容疑者たるルス嬢とベラント氏は昨夜|私刑《しけい》さる”
鉛華女が、無線電話のかかって来たのを金博士に伝えたので、博士は新聞を机上《きじょう》へ放りだして、送話器に向った。
「はいはい。金博士じゃが。なに、あの件は何度|訊《き》いても変った返事は出来ぬよ。ルーズベルト君。一体共軛回転弾の発明は未完成でな、起動法は考え出したが、停止法はまだ考え出さんのじゃ。じゃから処置なしじゃ。……すぐ考え出せといっても、そうはいかん。今までに一年も考えたんだが、さっぱりよい停止方法がないのじゃ。当分|暴《あば》れたいだけ回転弾に暴れさせて置く外ないね。……それは駄目だよ。君んところには自慢の学者のアインシュタインがいるじゃないか。あの男に相談してみた方が早いよ。なに、彼も匙《さじ》をなげて自殺したと。莫迦《ばか》な奴……とにかくわしに責任はないよ。君の特使が申出たとおりにやったばかりじゃ。そんなに文句をいうのなら、これから君がわしのところへやって来たらいいじゃないか。電話には、後《あと》もう出ないよ。では失敬」
金博士は、送受話器のスイッチをぴちんと切ると、髭をふるわせて呵々大笑《かかたいしょう》した。そして独言《ひとりごと》をいった。
「莫迦な奴らだ。目的地についたとき共軛回転弾が活動するようにと、時限装置を合わせるぞといってやったじゃないか。目的地といえば、戦場にきまっとる。あれをわざわざワシントンへ持って行く莫迦もないもんだ。アメリカ人というやつはどうしてああそそっかしいのだろうか」
それからごくりと咽喉《のど》を鳴らし、
「それにしても、ルスとベラントという燻製料理の名人を二人も同時に喪《うしな》ったことは、世界の大損失じゃ。そうそう、まだどこかにバイソンの燻製がまだ少し残っていたっけ」
金博士はにやりと笑って立上ると、冷蔵庫の中へ頭を突込《つっこ》んだ。
底本:「海野十三全集 第10巻 宇宙戦隊」三一書房
1991(平成3)年5月31日第1版第1刷発行
初出:「新青年」
1944(昭和19)年9月
入力:tatsuki
校正:門田裕志
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