士のことであるから、あわてるチーア卿を相手にせず、ごろりと横になると、早《はや》ぐうぐうと大鼾《おおいびき》。
「もしもし博士、喰い逃げとは、そりゃひどい……」
 と、卿は立上って博士をゆすぶり起そうとしたが、待てしばし。ここで無理に起して、臍《へそ》まがりの博士に又えらく臍をまげられては特使の目的を達することは出来ないと、苦しい我慢を張る。したがチーア卿とて只の鼠ではない。幸いあたりに睡る博士の外《ほか》に人はなし、秘密の研究室は自分の外に人眼《ひとめ》というものがない。この機会に乗《じょう》じて、金博士の最近の発明兵器を調べておいてやろうと、たちまちチーア卿は先祖から継承の海賊眼《かいぞくまなこ》を炯々《らんらん》と輝かし、そこらをごそごそやりだしたことである。
 おどろいたことに、部屋の扉はみんな鍵がかかっていない。だからどの部屋へも入れた。金博士の実験室は、あまりにも雑然としていて、どれが研究の主体だか分らない。すばらしい毒|瓦斯《ガス》製造装置だと思って、たかの知れたキップの水素瓦斯発生装置を持って帰って笑われても詰《つま》らないと思ったチーア卿は、実験室には手をつけないことにして、更に次の部屋へ。
 次の部屋は模型室だった。四方の壁に棚が吊ってあって、その上に博士の発明になる新兵器の模型の数々が、まるで玩具屋の店頭よろしくの光景を呈して並んでいた。それを一つ一つ見ていく卿は、溜息のつきどおしだ。それというのがどれもこれも垂涎《すいぜん》三千|丈《じょう》の価値あるものばかり。三段式の上陸用舟艇あり、超ロケット爆弾あり、潜水飛行艇あり、地底戦車あり、珊瑚礁架橋機《さんごしょうかきょうき》あり、都市防衛電気|網《もう》あり、組立式戦車|要塞《ようさい》あり、輸送潜水艦列車ありというわけで、どれもこれも買って行きたいものばかりで目うつりして決めかねる。さてこそ出るは溜息《ためいき》ばかりで、卿の心臓はごとごとと鳴って刻々《こくこく》変調を来たす。
「困ったなあ。この中で一体どれが世界一であろうか」
 それは分りかねる。分りかねるならば、択《えら》んで行く途なし。さらばやはりみんな買って行こうとすると、これだけ嵩《かさ》ばったものを到底《とうてい》持ち出しかねる。
「困った。どうすればいいのか」
 卿は、顔一面にふき出た脂汗《あぶらあせ》を拭うことも忘れて、いら
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