》に委《ゆだ》ねてしまったものだろう。それにしても……。
と、突然に、後方にガタンと樽の倒れる音がした。ハッと振りかえる間も遅く、飛び出した黒い影が飛鳥《ひちょう》のように階段を駈け下りた。
「待てッ」
折井刑事は叫び声をあげるが早いか、怪影《かいえい》を追跡して、階段の下り口へ突進した。そして転がるように、駈け下りた。
激しい叫喚《きょうかん》と物の壊れる音とがゴッチャになって、階下から響いてきた。出口にいた城山刑事に遮《さえぎ》られて、怪漢は逃げ場を失い、そこで三人|入乱《いりみだ》れての争闘が始まっているのであろう。
しかし私は、懐中電灯を持ったまま、じっと階上の部屋に立ち尽《つく》していた。目の前にある何に使うとも知れない化学装置が、ひどく私の心を捉《とら》えたのだった。それは奇妙な装置でもあったが、私の興味を惹《ひ》いたのは、それが奇妙なことよりも、むしろ生々《なまなま》しい感じがしたからだった。室内は荒れ果て、樽は真白な埃にまみれ、天井には大きい蜘蛛の巣が懸《かか》っているという古めかしさの中に、その化学装置ばかりは、埃のホの字も附着していなかったからであった。
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