太が逃げ帰ってくると、煉瓦大《れんがだい》の其の金塊は巻き上げ、仙太の身柄は身内の外に隠した。しかし仙太がいずれその内に喋《しゃべ》るのを恐れたカンカン寅は、残虐《ざんぎゃく》にも仙太に報酬《ほうしゅう》をやるといって呼び出した。
仙太は何も知らず、云いつけ通り海岸通の古建物の前へ来て口笛を吹いたのだろう。カンカン寅は、仙太と一室に逢うのは仙太のために危険だと巧いことを云い、あの建物の二階から、報酬の金貨を投げ与えたのだ。仙太が地上に散らばった金貨を拾おうと跼《かが》んだところを、二階からカンカン寅が消音《しょうおん》ピストルを乱射《らんしゃ》して殺してしまったのだった。仙太の行動に不審を持っていた私は、あの会合の時間も場所も知っていたのだった。とにかく気の毒な仙太だ。
笑止千万《しょうしせんばん》なのは、カンカン寅だ。あの古い建物を壮平爺さんの手から買いとったと悦《よろこ》んでいるだろうが、九万円の液体黄金《えきたいおうごん》の無くなったことは夢にも知らないのだ。今夜私が搬び入れて置いた中身の酸は、分量こそ同じ二十五壜だが、東京から買った純粋の酸でしかない。カンカン寅の奴、後でそれを分析してみて、一|匁《もんめ》の黄金《きん》も出てこないときには、どんな顔をすることだろうか。失望と憤怒《ふんぬ》に燃える彼奴《あいつ》の顔が見えるようだ。……と話をしてくると、壮平老人は、私の言葉を遮《さえぎ》った。
「それはいいが、その九万円の黄金液はどう始末したのかい」
「警視庁へ引き渡したよ」
「どうだかネ。九万円じゃないか」いかにも惜しい儲《もう》け物だのにという顔をした。
「本当に渡したよ。私は金が欲しいわけでこの仕事をやったんじゃない。目的は銀座の縄張《なわばり》へ切りこんできたカンカン寅の一味に一《ひ》と泡《あわ》ふかせたかっただけさ」
「それじゃ警視庁は大悦びだろう」
「うん。――」
大手柄と判ったときの、折井山城の二刑事の嬉しそうな笑顔が再び目の前に見える。二人は意気揚々《いきようよう》と本庁へ引上げていったことだろう。
そのとき、解纜《かいらん》を知らせる銅鑼《どら》の音が、船首の方から響いてきた。いよいよお別れだ。私は帽子に手をかけた。
「お父さん。――」
いままで黙って聞いていた清子が、突然顔をあげた。
「なんだ、清子」
「あたしは船を下りるわよ」
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