た。それは私が横浜《はま》に来た仕事の片《かた》をつけるためだった。
 どんな仕事?


   ギャング躍《おど》る


 その夜はたいへん遅くなって、宿に帰った。私はなんだか身体中がムズムズするほど嬉しくなって、寝台《しんだい》についたけれど、一向|睡《ねむ》れそうもなかった。とうとう給仕を起して、シャンパンを冷やして持って来させると、独酌《どくしゃく》でグイグイひっかけた。しかしその夜はなかなか酔いが廻らなかった。
 その代り、いろいろの人の顔が浮んで消え、消えた後からまた浮びあがった。――銀座の花村貴金属店の飾窓《ショー・ウィンドー》をガチャーンと毀《こわ》す覆面の怪漢が浮ぶ。九万円の金塊《きんかい》を小脇《こわき》に抱《かか》えて走ってゆくうちに、覆面がパラリと落ちて、その上から現れたのは赤ブイの仙太の赤づらだ。すると横合《よこあい》から、蛇《へび》のような眼を持ったカンカン寅がヒョックリ顔を出す。とたんに仙太の顔がキューッと苦悶《くもん》に歪《ゆが》む。カンカン寅の唇に、薄笑いが浮かんで、手に持ったピストルからスーッと白煙が匍《は》い出してくる。二人の刑事の顔、壮平爺さんの嬉しそうな顔、そして幼《おさ》な馴染《なじみ》の清子の無邪気《むじゃき》な顔、――それが見る見る媚《あでや》かな本牧の女の顔に変る。
「明日になったら、清子に一度逢ってくれるかな。清子も逢いたいと云っているって、壮平爺さんが云ったが……。莫迦莫迦《ばかばか》。手前《てめえ》はなんて唐変木《とうへんぼく》なんだろう。自惚《うぬぼれ》が強すぎるぜ。まだ仕事も一人前に出来ないのに……」
 自嘲《じちょう》したり、自惚たりしているうちに、ようやく陶然《とうぜん》と酔ってきた。――そして、いつの間にかグッスリ睡ったものらしい。
 コツ、コツ、コツ。
 慌《あわ》ただしいノックの音だ。それで目が醒《さ》めた。気がついてみると、空気窓からは明るい日の光がさしこんでいた。時計を見ると、午前九時。
「なんだア」
 まだ早いのに……と、私は不満だった。
「朝っぱらから伺《うかが》いやして……」
 と、扉《ドア》の向うでしきりに謝っているらしいのは、どうやら壮平爺さんの声だった。私は思わず、ギクンとした。
 扉《ドア》を開いてやると、転がるように壮平爺さんが入ってきた。顔色は真青《まっさお》だ。不眠か興奮のせ
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