計狂の一党に、僕が臨時参加をしたのが、そもそも悪魔に身を売るキッカケだった。友江田先生の統計趣味は、たとえば銀座の舗道《ほどう》の上に立って、一時間のうちに自分の前をすぎるギンブラ連中の服装を記録し、こいつを分類してギンブラ人種の性質を摘出《てきしゅつ》し大胆な結論を下すことにある。午後五時の銀座にはサラリーメンが八十パーセントを占めるが、午後二時には反対にサラリーメンは十パーセントでその奥さんと見られる女性が六十パーセントもぞろぞろ歩いているなどと言う面白い現象を指摘している。これは昨年度には病気で死んだ人が何千万人あって其の内訳《うちわけ》はどうだとか言う紙面の上の統計の様に乾枯《ひか》らびたものではなく、ピチピチ生きている人間を捉《とら》えてやる仕事でその観察点も現代人の心臓を突き刺すほどの鋭さがあるところに、わが友江田先生の統計趣味の誇りがあるといってよい。
で、僕は「省電《しょうでん》各駅下車の乗客分類」という可《か》なり大規模《だいきぼ》の統計が行われるとき、人手《ひとで》が足らぬから是非《ぜひ》に出てほしいということで、とうとう参加する承諾を先生に通じてしまった。やがて部員の配置表が出来て、僕は前にも云ったとおり、比較的|閑散《かんさん》な信濃町駅を守ることとなった。
「古屋君、それじゃ御苦労だが、『信濃町』の午後四時から五時までの下車客を、例の規準にしたがって記録してくれ給え。僕も信濃町を守ることになっているんだ。で僕は男の方を取るから、君は一つ婦人客の方を担任《たんにん》してもらいたいんだ」
「先生、男の方は僕がやります。それで先生には……」
「駄目だよ、男の方は全下車客の八十パーセントも占めているんだから、慣《な》れない君には無理だと思うんだがネ。婦人の方は数も少いうえに種類も少くて、大抵《たいてい》女事務員とか令嬢奥様といった位のところだから、君で充分つとまると思ってそう決定《きめ》てあるんだ。是非、婦人をひきうけて呉れ給えな」
僕は、それでも断るとは言い出せなかったものの、困ったことになったと思ったことである。女なんか、ひと眼みるのもけがらわしいと思っている僕が(いや全《まった》く其の頃は真剣にそう信じていたのである)一時間に亘《わた》って女ばかりを数えたり分類をするためにジロジロ観察したりするのは実に耐えられないことだった。それに、この
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