宮理学士の坐る読書机の上に、なんだか厚い原書が開かれてあり、当の四宮理学士の姿は見えなかったが、僕が三階への階段へ一歩足をかけたとき、階段の直ぐ背後に御当人《ごとうにん》がうずくまった儘《まま》、何か探しものでもしているような姿を認めた。僕は別に声もかけず三階へのぼって行き例のとおり雑部門の珍籍の一つである十九世紀の犯罪科学に関する英国スコットランド・ヤードの報告をひっぱりだして読みはじめた。
何十分経ったかは知らない。なんだか二階で人の呻吟《うめ》くような声をきいたと思った。するとトントンと二階から一階へ降りて行く人の跫音《あしおと》がかすかに聴えてきた。やがてガチャンと言う硝子扉《ガラスど》にうち当ったような音がきこえてきたが、そのままひっそりとしてしまった。二階の四宮理学士のしわぶきも聴えて来ない。どうしたものか鳥渡《ちょっと》気になったので手にしていた本を抛《ほう》りだすと、螺旋階段をすかして二階なり一階なりをすかしてみたが狭い視野のこととて別に異状も見当らない。唯《ただ》、あまり僕の立っているところが高いので三階から下まで急転落下《きゅうてんらっか》しそうな脅迫観念《きょうはくかんねん》に捉《とら》われたので、首を引っこめると、念のために二階へ降りてみた。一見《いっけん》異状はないようであったが、階段のうしろに当る狭い書棚の間から、リノリュームの上に長々と横《よこた》わっている二本の男の脚を発見したときには、
「やっぱり、先刻《さっき》やられたんだな」
と思った。恐《こ》わ恐《ご》わその方に近よってみると、これはたいへん、倒れているのは所長の芳川博士であったではないか。僕は大声をあげて博士を抱き起してみたのであるが、博士の身体はグッタリと前にのめるばかりで、もう脈搏《みゃくはく》も感じなかった。どうしたのかと仔細《しさい》に博士の身体を見れば、ネクタイが跳ねあがったようにソフトカラーから飛びだして頸部《けいぶ》にいたいたしく喰い入っている。それは明らかにネクタイによる絞殺《こうさつ》であることがうなずかれた。
声に応じて事務室からとび上って来たのが佐和山女史だった。やがて別の入口をとおって四宮理学士が駈けあがって来た。其他《そのた》の所員たちも多勢駈けつけたが、ミチ子ばかりはどうしたものか却々《なかなか》影をみせなかった。
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博
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