たちを、大いに緊張せしめる事の出来なかったのは、何としても知事以下の努力の足らざるところと思われる。
県庁も、駅も、郵便局も、警察署も焼け残ったそうで、その奮闘はたいしたものであったというが、それだけが焼残っただけでは困る。町が焼けずに残らねば何にもならぬ。
◯七月八日は栗橋の吉田修子さんの婚礼があり、目下入営中の戸主・卓治さんの心持もあり、私はその式に列した。それから平磯へいって講演をしたが、それが九日。十日は早目に帰京するつもりでいたところ、朝五時半から敵機動部隊が鹿島洋、九十九里浜沖から艦載機をぶんぶんとばすので、夕刻まですっかり平磯館に閉じこめられてしまった。
ロケット弾を放つ小癪な敵機を見た。平磯館の裏は飛行場であるから、盛んに銃撃があった。しかしたいてい敵機が帰りがけの駄賃に撃っていった。
平磯では取締りがやかましく、皆防空壕に入れといったり、町をあるいていると叱りつけたり、こんな小さな町がそう神経質にならずともと私は思ったが、誰の心理も自分のところが狙われているのだと信ずることには変わりはないようだ。
午後五時四十分平磯発の汽車で、松村部長と共に帰京の途についたが
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