川 B29、三百機 P51、七十機 朝
6/11 立川 P51、六十機 正午頃
六月十一日
◯昨日も今日も敵機は来襲。いずれも白昼である。ただし、我家の方には投弾せず、もっぱら立川と溝ノ口か狛江らしい方面へ落として行った。昨日はB29、三百機で、日立や千葉へも行った。そして硫黄島発のP51を七十機伴なっていた。折柄、臨時八十七議会を開会中で、戦時緊急措置法案上程の最中だったが、議会は午前中休会のやむなきであった。
今日はP51ばかり六十機、また立川ヘ。
これらは本格上陸作戦の直接準備と解すべきか、私は、まだ少し早いと思う。
とにかく千葉にはもはや八十万ぐらいの精兵が集っているらしく、いつでも敵を迎えうつ体制とはなっている。しかしまだ現地の姿は静かに見える。
◯武井さんという律義で正直な大工さんを中川君の妻君が紹介してくれ、前から鶏舎や炬燵《こたつ》など作ってもらっていたが、この前の五月二十五日の空襲の翌日(二十七日)ふらりと姿を我家へ現わしてくれた。実は女房から「裏の防空壕の入口の木が地上一尺ほどはみ出しているので、これを切ってほしいから、手がすいていたら来てほしい」と手紙
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