たゆえん。
◯昨日来た映配南方局米本氏の話に「このごろ作家のところへ原稿依頼を三十本出しても、返事の来るのは七、八本です。みなさん疎開とか、よそで別の仕事をやっていらっしゃるのですね」と。
 然り、わが二十三名生存の挺身隊[#一九三二(昭和十七)年一月から五月にかけて、海野は海軍報道班文学挺身隊員として従軍]も、東京在住者は十二名。十一名は地方に在り。挺身隊がこれである。况んや他の文士に於いてをや。

 五月二十日(日)
◯岡東来る。彼のためにとっておいた「暁」五袋とキングウイスキー少量、それから野菜は玉ねぎ一貫匁とごぼう二本位、岡東は缶詰四個とバター一|封度《ポンド》をくれる。
 二人の話はあいかわらず食うこと、飲むこと、喫うこと、壕の話、戦況などに終始する。実際この頃はこんな話さえしていれば種はつきない。
 それにしてもお互いに腹を減らしているのだ。
「ジャガイモを腹一ぱい食べたい」と岡東はいう。加藤さんが会社から帰るとき電車の中で押されても、腹がへっていて押しかえす力がないという。きょう枝元老人から手紙が来て(企画用紙送り来る)「この用紙を届けに行くべきながら、お粥腹《かゆばら》
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