いったことやら、うちの子供が一生懸命土をかけて活動しているのを見て、これでは避難もしていられぬと、すぐ自宅へ引返したという話であった。
押入に残っていた蒲団を出して、一同仮寝につく。みな疲れと安心とで、ぐうぐう寝込む。
夜中に声あり。出てみると水田君が見舞に来てくれた。眠い目をこすりながらしばらく話をする。自由ケ丘の方は今度は大丈夫なりとのこと。
かくして夜は更けていった。というよりも暁を迎えたのであった。
五月二十七日
◯夜は明け放たれた。起出てみたが、夢のような気がする。
六月十日
[#以下、新聞の切抜き]
敵機の本土爆撃は漸次《ぜんじ》頻繁《ひんぱん》、大規模となりつつあるが、四月十六日から五月三十一日までの空襲被害状況とその特色が、当局の調査によってまとめられた。
それによると四月十六日以後一ヵ月間は、沖縄作戦を有利に導くため戦略爆撃を主とし、九州、四国方面の航空基地、あるいは航空機工場を目標としていたが、五月十四日以後再び大都市無差別爆撃を開始し、戦略的効果をねらうに至り、五月十四、十七日名古屋に、二十三、二十五日東京、二十九日横浜に来襲した。
この空襲で注目されるのは、二十九日の横浜爆撃で従来の夜間爆撃戦法をやめ、午前の晴天時に来襲していることで、六月一日の大阪爆撃と併せ考える時、今後敵は白昼の無差別爆撃を行なうことが予想される。
また他の特色としては、
(一)多数戦闘機の護衛を伴い来襲し(二)港湾水路に機雷敷設(三)宣伝ビラ散布の執拗な努力をしていることなどである。さらに警戒を要することは衛星都市ないし中都市、交通の中心地に爆撃を加える傾向のあることである。
四月十六日から五月三十一日までの空襲で、皇居、赤坂離宮、大宮御所も災厄を受けたが、大宮御所の場合は夜間爆撃とはいえ、月明の中で広大な御苑の樹林、芝生のほとんど全部が焼けただれるほどに焼夷弾を投下したことは、単なる無差別爆撃でなく特別な意図を抱く行為であることは明らかである。
このほか熱田神宮本殿、日枝神社、松蔭神社、東郷神社なども災厄を受け、寺院では増上寺、泉岳寺等も爆撃された。
病院では、慶応病院、鉄道病院、済生会病院、松沢病院、青山脳病院、名古屋城北病院、県立脳病院など。
学校では慶応大学、早稲田大学、文理科大学、東京農大、一高、成城学園、日大予科、女子学習院を初め中学、国民学校多数。
文化的遺産では名古屋城天守閣、黒門、日比谷図書館、松村図書館など多数。
とくに二十三、二十五日の東京空襲では秩父宮、三笠宮、閑院宮、東伏見宮、伏見宮、山階宮、梨本宮、北白川宮の各宮邸、東久邇宮鳥居坂御殿、李鍵公御殿などが災厄を受け、
公共施設では外務省、海軍省、運輸省、大審院、控訴院、特許局、日本赤十字社の一部ないし大部の焼失をみたほか、
帝国ホテル、元情報局、海上ビル、郵船ビル、歌舞伎座、新橋演舞場なども一部ないし大部を焼失した。
なお同期間内の大都市空爆被害は、東京全焼二十五万七千戸、戦災者約百万人、名古屋全焼三万六千戸、戦災者約十一万、横浜十三万二千戸、戦災者約六十八万人と推定され、この期間中に静岡、浜松にも相当被害あり、九州、四国、山陽方面にも戦略爆撃による被害があった。
B29機来襲
三月 二千機
四月 二千五百機
五月 三千機
5/29 横浜 B29、五百機 P百機 正午頃
大阪東部、北部、尼ケ崎へ
神戸東部、芦屋 B29、三百機
6/9 尼ケ崎、明石 B29、百三十機 朝
6/10 日立、千葉、立川 B29、三百機 P51、七十機 朝
6/11 立川 P51、六十機 正午頃
六月十一日
◯昨日も今日も敵機は来襲。いずれも白昼である。ただし、我家の方には投弾せず、もっぱら立川と溝ノ口か狛江らしい方面へ落として行った。昨日はB29、三百機で、日立や千葉へも行った。そして硫黄島発のP51を七十機伴なっていた。折柄、臨時八十七議会を開会中で、戦時緊急措置法案上程の最中だったが、議会は午前中休会のやむなきであった。
今日はP51ばかり六十機、また立川ヘ。
これらは本格上陸作戦の直接準備と解すべきか、私は、まだ少し早いと思う。
とにかく千葉にはもはや八十万ぐらいの精兵が集っているらしく、いつでも敵を迎えうつ体制とはなっている。しかしまだ現地の姿は静かに見える。
◯武井さんという律義で正直な大工さんを中川君の妻君が紹介してくれ、前から鶏舎や炬燵《こたつ》など作ってもらっていたが、この前の五月二十五日の空襲の翌日(二十七日)ふらりと姿を我家へ現わしてくれた。実は女房から「裏の防空壕の入口の木が地上一尺ほどはみ出しているので、これを切ってほしいから、手がすいていたら来てほしい」と手紙
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