を出して置いたので、見に来てくれた訳。
ところが武井さんの顔を見ると、地下物置が作りたくなり、武井さんも「それは必要だ」といってくれたので、急に話がまとまって建造にかかった。材料は物置をこわした。二軒のうち一軒は、萩原さんのものを買取ることにした。これ以外に柱二十本、トタン板十坪が入用。これは梅月さんに頼む。梅月さんも「この頃は穴掘りばかりやっているから掘ってあげましょう」といってくれ、すべてがとんとん拍子で、たった五日間で、二坪の壕舎が、鶏小屋の前に完成した。全くたいへん調子のよいことであり、これにて安心、衣類、蒲団、書籍その他を入れた。
この間二週間ばかり、私は子供たちを手伝わせたりして、ずっと運搬整理などの力仕事をしたので、たいへん痩せたといわれた。
もうその方は片づいたのであるが、まだ忘れものがあって、思いついてはまた入れている。
日用品は誠に大切で、夜はしまって寝なければならず、朝には必要となるので、出したり入れたりの日課がふえた。
昨十日昼間のB29、三百機来襲には、蒲団などを入れて、ふうふういった。これには目下不在中の同宿者たる中川[#八十勝]君と良太[#朝永]君のものを担ぎ入れるのに、相当骨を折ったからである。敵機が去ったので、出さねばならぬ段取りとなったが、腹も減って、昼飯を一時間早く請求、これでようやく力を出して取出すことが出来た。
中川君、昨日広島より帰京している筈のところ、今日夕刻に至るも、まだその姿を見せず。昨日の空襲で豊橋―掛川間が不通となった事故のための延着かと思っていたが、この分ではそうでもなさそうに見える。
◯昨日、日大山田君来宅、過日陸軍軍需本廠研究部へ売却した技術科学書及び雑誌代として、金四百六円七十銭を届けてくれた。
◯今日関東配電の鈴木老が、電灯線不通の状況を見に来てくれた。高階さんの向こうのところでポールやトランスが焼け、柱が燃え折れているので、やっぱり当分通電はむずかしいらしい。
七月十四日
◯前誌より一ヵ月以上経った。なぜこの日記を書かなかったのかと考えてみる。忙しさのためだったといえよう。その忙しさの原因は、空襲対策の整理のため、仕事のため、殊に講演出張のため。
◯沖縄は去月二十日を以て地上部隊が玉砕し、二十六日にはそれが発表された。「天王山だ、天目山だ、これこそ本土決戦の関ケ原だ」といわれた沖縄が失陥したのだ。国民は、もう駄目だという失望と、いつ敵が上陸して来るか、明日か、明後日か、という不安に駆りたてられている。
果して天王山だったのか、関ケ原だったのか。それは尚相当の時日を貸さなければ判定できないが、この天王山だの関ケ原などという用語が、あまり感心出来ないものであることは確かだ。それは国民の戦力|敵愾心《てきがいしん》を集結させるために余儀ない強い表現であったかもしれないが、今度のように沖縄がとられてしまったとなると、もうあとは戦っても駄目だ、日本の国はおしまいだという失望におちいって、動きがとれなくなる。これは困ったことだ。
当局はそれに困ってか、沖縄は天王山でも関ケ原でもなかった。そんなに重要でない。出血作戦こそわが狙うところである――という風に宣伝内容を変えてもみたが、これはかえって国民の反感と憤慨とを買った。そんならなぜ初めに天王山だ、関ケ原だといったのだと、いいたくなるわけだ。
これに対して、鎌倉円覚寺管長の宗海和尚はこういっている。「沖縄は天王山であり、関ケ原である。あれはとられたが、ぜひとも奪還しなければならぬ、それほど沖縄は重要なのである、という風に持って行くべきじゃ」この説まことに尤もである。最近では遠藤長官が、この奪還論を掲げるに至った。
◯昨十三日午前零時頃、久方ぶりに敵B29、五十機京浜地区を夜襲し、川崎、鶴見を爆撃した。爆弾と焼夷弾とを投下したが、折柄豪雨で、そのために発生せる火災は間もなく消えてしまった。敵のためにはお気の毒を絵にかいたようであった。
◯七月一日より五日まで、山梨県下に甘藷二十七億貫植付の激励講演をして廻った。甲府市には二日、三日、四日といた。その二日後の六日夜にはB29の大編隊が来て、市を八、九割焼いてしまった。きわどいところであった。
甲府はこの上もない安全地帯だと思っていたが、来てみると、地下一尺五寸にして水が出て、防空壕が深く掘れず、山国ゆえ食糧の移入困難の恐れもあり、加えて陸軍大学等の諸官|衙《が》がここへ疎開している上に軍隊がたくさん居るので、食糧事情は一層困難だということであった。もちろん家も空部屋もなく、旅館で部屋のとれないことは甲府の名物だとあった。
私が甲府を離れた七月四日に、ようやく建物疎開をすることが決まったばかり。すべては油断があり、遅すぎた。しかし空襲が一度もなかったこの市民
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