ど同時に起きる。
「萩原さんのところだ!」「奥山さんだ!」「松原さんだ!」との声々に、見ると、立木が燃えている。立木ならたいしたことなしと思いつつ、我家を見まわったが、幸いに事なし。
「菅野さんへ焼夷弾落下、燃えています!」叫び声が聞こえた。これはいよいよ始まったかと思って門の前へ出て見たが、火は見えず。裏へまわって英に防空壕の一方を埋めさせることにして、そのあと陽子[#次女]と晴彦と協力し、かねて積んであった土の箱をおろそうとしたが、なかなか重くて動かない。やっと引おろして埋めにかかったが、土が足りそうもない。時間はかかる。病気中の昌彦[#三男]におばさんと暢彦[#次男]をつけて、裏手の林へ避難させる。
 私は表へ廻った。と、相変らずすごく落ちる。もう音響にも火の色にも神経が麻痺して何ともない。屋根の上に何かが落ちて、どえらい音がした。焼夷弾ではなさそうだ、火が見えなかったから。
(翌朝見たら、油脂焼夷弾の筒の外被と導線管であった。いずれも一メートルのもので、外被は英のすぐそばへ落ち、導線管は私のうしろへ落ち、大地に深い溝を彫っていた)。
 私は幾度も家を見廻ったが、異状なし。よって表に近い松の木の下の素掘りの穴に、出来るだけの物を入れて、土を被せてやろうと思った。
 まずわが部屋の引出しを投げ込んだ。それから皆の寝ていた蒲団を投げ込み始めたが、これがとても重く感じられた。その間にも火の子がうちへ入るので目は放されず、おまけに風下にいるので、七、八軒向こうの火勢がまともに吹きつけ、煙はもうもう、息をするのが苦しくなる。
 ラジオも、アルバムも、本も、辞典も入れた。ミシンを出したが、重くて自由にならず、庭に放り出して逆さにした。足の方が上だ。これは金属製だから、すぐには焼けまいと思う。
 壕はまだ半分ふさがっただけだが、これ以上物を入れるのはやめにした。そう欲ばっても――と思ったのと、いつまでもこんなことばかりしていられないからだ。
 まだ土をかけていないのに気づいてそれを始めた。裏からクワをとって来たが、土にぶっつけても跳ねかえるだけ。やむなくクワの根本を持って土をかく。この方がいくらか楽だ。
 心臓が止まりそうになる。時々休んだ。休んでいると元気も力も回復することが分った。
 一人ではとても駄目であると思い、誰か子供一人をつれて来たいと裏へまわる。裏でも盛んに土をかけていた。ようやく大きい穴がふさがり、今度は小さい穴にかかっていたが、土が足らないという。
 あとは英と晴彦にまかせ、陽子を伴って門の方へ引返す。と、多勢の人が煙の中から門へ入って来た。見ると菅野さん、羽山さん、松原さんたちである。
「どうしました?」「火が迫っています、今のうちに逃げないとあぶない」銀行の支店長をしている菅野さんが言う。
「まだ大丈夫ですよ、頑張れば喰いとめられますよ」「いや、もういけません、佐伯さんの方と、高階さんの方の火とが、両方からこっちへ押して来て、息がつまりそうです」
 婦人たちは口々に、早く待避せねばたいへんだとわめいている。私は逃げるつもりはなかった。「それでは家の裏から田中さんの畑へお逃げなさい。あそこなら大丈失ですから」教えてやると、昔ぞろぞろと家の庭を通って姿を消した。十人近い同勢である。松原大佐夫人が無言で、小さい身体を一行のあとに運んでいるのを見た。
 その前菅野さんの家は四ヵ所もえあがり、それはようやく消しとめたが、菅野さんは屋根へあがって消火しているうちに屋根からすべりおち、地上にしばらく伸びて口もきけなかった由。それ以来菅野さんは戦意を喪失しているようにみえた。
 一同が去ったあと、私たちはなおも火の子と煙と戦っていた。
 焼夷弾は幾度となく頭上にまかれたようだが、奮闘している身は、気がつかない。
 そのうちに少し明るくなってきた。煙がうすれ、風向きが変わって、呼吸も楽になった。これなら何とか危機を脱せそうだと、やっと希望をもちだしていると、空襲警報の解除が、伝えられてきた。電気はとっくに切れてしまったので、ラジオが鳴らず、口頭伝達である。一時間ばかりが、奮闘の絶頂であった。
 あたりはまだ炎々と撚えている。真西は最も盛んだ。あとでわかったことだが、豪徳寺東よりの軍の材木置場が燃えているせいだった。
 最も近火だった南の高階さんの向こうの火も余燼《よじん》だけとなった。
 一同相寄り「まあよかった」と、よろこぶ。
 近所からもそれぞれ顔が出る。いつの間にか皆家へ戻っていて、それぞれの部署を守って敢闘した由。さすが日本人である。
 私が「大丈夫、消せます。頑張りましょう!」といった一語が、隣組の人達によほど響いたことがわかった。菅野さんの若い人たちなどは初めから避難反対だったが、両親の命令で一緒に避難したが、私がそう
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