西風を喫しけり
  敵千機大西風の味如何

 二月十七日
◯昨夜は敵機来襲はなかったが、暁が来ると、判を押したように午前七時警戒警報となり、敵小型機二十数機の房総半島侵入を報ず。けさは昨日よりやや落着いて、冷水摩擦を始めていたら空襲警報となる。身心をすがすがしくして、神棚を仰いで祈念す。徹郎君を始め、富藤順大尉、武田光雄大尉等の武運長久を祈願す。
 折から朝は赤飯そっくりの高粱入り飯なり。「これは芽出度いぞ」と思わず声が出る。
◯敵襲は昨日同様、烈化す。今日は京浜地区に侵入する編隊がふえた。東京見物を土産にするつもりか、それとも茨城千葉等の飛行場や軍事施設を攻撃完了というのか。
◯すさまじい空戦の音、地上火器の入り乱れる音、それにまじってどこかの群の喊声が聞こえる。爆弾らしい地響きもちょいちょいした。消防サイレンも聞こえる。
 私は目が悪い上に、今日は快晴で小さい戦闘機を見分けにくいため、一機も敵機の姿をしかと認めなかった。ただ音響ばかりは、いやというほど耳にした。
◯午後一時半を過ぎると敵襲は下火になった。昨日敵は三時迄休んだようである。三時を過ぎたが敵勢進攻の模様見えず、午後四時すこし前に警報が解ける。今日は前触れだけで終了したわけだ。
◯敵の機動部隊は逃げたらしいが、戦果はどうなのか。
◯英、一生懸命防空頭巾を縫う。盗人を捕えて縄をなうの類なり。そして造って見て、自分がかぶるのかと思うと、気が変わって誰かにゆずってしまう。主婦はどこでもそういうものらしい。
◯放送によれば、「昨日の撃墜戦果は百四十七機、損害五十機以上。大型艦一隻撃沈、わが自爆未帰還機六十一機」なりという。
◯世田谷代田へ敵機が墜ちて行くのを近所の人はほとんど皆見ている。うちは林の中ゆえ、見えなかった。
◯盛んに横穴を掘れと宣伝す。
◯午後六時二十分の大本営発表が、硫黄島戦を報ず。「昨日来、敵は上陸意図をあらわし、戦艦五隻、巡洋艦六隻、輸送船等多数あり。これに対してわれは攻撃を加え、戦艦一隻轟沈、巡洋艦二隻、船型未詳二隻、撃沈ほかの戦果をあげたり」徹郎君はこの方へ出かけたもののように思われる。武運を祈るや切なり、徹郎君しっかり、しっかり。

 二月十八日
◯昨夜来B29の侵入、一機宛だが四回も来た。けさは果して艦載機の来襲がなく、八時五十分頃まで朝寝をした。
◯朝子、突然リュックを肩に庭の方から入ってくる。英、まず愕《おどろ》き、大声をあげる。茶の間にいた陽子と私とは縁側へ駈出した。
◯まず徹ちゃんのことを聞いたが、徹ちゃんは十七日(昨日)飛行機で九州へ出発した由。隊の兵曹が昨夜電話をかけてくれたそうだ。まずは安心する。
◯朝子はけさ五時頃出て列車にのったが、千葉で降ろされるという話が、千葉まで来ると両国まで行くことになったのだという。これもよかった、早く事情が分って安心した。
◯戦果三種発表。あの比島沖での攻撃の外、硫黄島沖の戦果大いにあがる。また昨日の敵艦載機撃墜百一機と発表、またその前の十六日の撃墜にも二十数機追加あり、結果約三百機の敵機をやっつけ、敵の手持の千二百機の四分の一を倒したことになる。
◯運通省の列車と省線電車の制限は、本日より撤廃され、また小包の制限も同じく撤廃。ラジオで一般へ通告された。
◯この夜は静かで楽しい団欒《だんらん》。茶の間では昌彦以外の子供四人とねえや二人が朝子を囲み、八畳では英と養母とに昌彦も加わって、話に花が咲いているらしい。私はこれから募兵紙芝居の執筆にかかろうかと思いながらコタツのぬくもりに少しとろとろしかかっているところ。時計が七時を打った。

 二月十九日
◯午後二時四十五分、突然B29、百機の帝都来襲となった。私にとっては少々不意打だ。家人はわりあいのんびり構えている。先日の艦載機千機の来襲で、千機という新記録を体験してからは、百機ぐらいは恐ろしくないらしい。そこで追いたてるようにしてフスマ障子をあけさせ、水筒等を運び入れ、昌彦も壕内へ移させる。
◯この日ラジオが停電で黙ってしまい、東部軍管区情報が途中で伝わらなくなり、敵機隊の動勢は耳で爆音等をさぐる外なくなり、ちょっと心細い想いがした。ダムでもやられたかと思ったが、三十分ほどして回復したので、まあよかったと思う。鉱石受信機を組立てておく必要を感ず。忙しいので当分つくれまいが、いずれやってみようと思う。検波器がないが、代りに安全カミソリの歯と猫ひげでやってみるか。
◯この日、とうとう硫黄島に上陸された。
◯十五、十六、十七、十九と五日間のうち四ヵ日空襲つづきで、日の経つのが速いこと。

 二月二十五日(土)
◯硫黄島も激闘、マニラも激闘。徹ちゃんどうしたか、未だに便りなし。気に懸ってはいるが、家人には一言も言わずにいる。朝子も今家に居ることだし。
◯午前四時
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