半「横鎮《よこちん》[#横須賀鎮守府。鎮守府は、海軍の根拠地に置かれた機関]情報」というのが珍しく出て「敵機動部隊が本土に近接しあり云々」と放送する。
◯果して午前七時半より警報発令となる。きょうは曇天。しかもだんだん暗くなって、雪となる。先日の雪がまだ消えないのに、また新雪積もる。その間に警報飛ぶ。敵艦載機はたいがい茨城千葉の方にいて、京浜地区まで来るのは少ないが、午後一時半B29の大挙来襲の徴ありと警告が出た。やがて間もなく来襲す。雪中を皆も防空壕に入る。盲爆故、時間の過ぎるのを待つ外なし。
◯編隊は十四を数えた。大体いつもの経路で、やや北方を西から東へ通過したが、中には頭上を通る隊もあって癪にさわる。最後に近い一編隊の落とした弾は、さらさらさらと音を長くひいて東の方に落ち、炸裂するのを耳にした。さらさらさらは、今日初めて耳にした。
 あとで北方から黒く焼けた紙らしいものが、はらはらと盛んに落ちて来た。火事の焼屑か、B29の落とした導火線の焼けかすか。
 今日敵は焼夷弾と爆弾の混投を行ない、相当火災も起こったようで、「官民必死の敢闘により消火中云々」と放送された。
 雪は夕方に入ってもますます降りしきり、家族は空襲中煮てあった昆布巻でうまく飯をたべ、あとはタドンを入れて炬燵《こたつ》のまわりに集まる。

 三月三日
◯道又さんの話によれば、神田は須田町から両国まで焼けたという。主婦の友社の安居さんの話では、駿河台の美津濃から神田橋の方へ向け、焼けて筒抜けとなったという。
 上富士前から神明町ヘ。浅草橋駅、上野は駅から御徒町駅へかけて左側が全部なくなり、右方は日活館を残して、丸万や翠松園やみんな焼けたという。御徒町から両国が見えるともいうし、厩橋まで何にもないともいう。仲見世の東側、松屋のところまでがなくなったともいう。
 これがみな、去る二月二十五日の雪の日のB29、百三十機の爆撃のためである。憎みてもあまりあるB29。しかし焦土と化すのは、前から分っていたことだ。それは仕方がないとして、何か手を打つべきだったと思うが、手ぬかりはなかったであろうか。

 三月四日
◯朝警報鳴る。七時半だ。さては艦載機であるか、いや艦載機にしては早すぎる。それに今朝は曇っていてお生憎さまだと思って耳を澄ましていると、B29が一機ずつ四つの侵入。そして主力の方は東海地区へ入ったというのだ。
◯安心していると、とつぜん空襲警報発令、山梨地区上を十数機編隊のB29が東進中と放送。これはいかんと寝床から出る。女房に昌彦を防空壕に入れろという。が女房は昌彦のそばに添伏していて、「いや、ここにいる」と頑張る。腎臓炎で旧臘から臥床の昌彦、昨日来熱があるので、動かしたがらないのはもっともである。が、そのうちに後続部隊の侵入を報じて来る。女房やっと決心して、昌彦を黄色い毛布にくるんで防空壕へかかえて行く。
◯敵は盛んにやって来た。四つ位の梯団《ていだん》であるらしい。最も近かったのは、どこか場所は分らないが、どこん、どこん、どこん、と続けざまに爆声聞え、壕の板がびりびりと鳴りひびいた。
◯報道放送によると、百五十機なりという。警報解除一時間にして、相当大きな火災も全部消えたという。
◯早耳の報道によれば、今日は尾久や日暮里附近がかなりやられたという話。
◯敵機去っていくばくもなく、また雪がぽたぽた降り来る。三度目の大雪か。
◯岡東浩君来る。ツナ缶、飴、化粧用クリームを貰う。うちからはねぎ、にんじん、馬鈴薯、かぶを少し分ける。徹ちゃんの置いていってくれた角壜のサントリー・ウイスキーが、このよき友を大いによろこばす。なんとかなるものなら、もっとこの友に飲ませたいものだ。
◯弟佑一の会社が焼けた(二月二十五日)と手紙でいってくる。末広町に店を構えたばかりだったのに、気の毒な。またもや憤激のタネが出来た。こんなタネばかりふえ、それと反対に「ざまみやがれ、敵め」ということができないのが残念である。
◯「グルー政権」という言葉がちょいちょい聞こえるようになった。けしからん。
◯この頃の敵の焼夷弾の二割は爆発物がはいっているという。それで焼ける面積が多いのだという。また、それを知らせては誰も初期防火をしないので、知らせてないのだともいう。それはけしからん話であるが、この話はこれまでにも耳にしたことがある。
◯朝子の友達の鈴木さんのそのまたお友達が、この前有楽町の爆撃のときあそこを歩いていたが、爆弾の落ちる音を耳にして、これはいけないと思い、遂に思い切って「伏せ」をした。ところがその直後に爆弾は至近距離に落ちて爆裂したが、伏せたおかげで身に微傷も負わなかった。
 ところが、あたりを見まわすと、そばに長靴をはいた脚が二本立っていた。脚だけである。その上がない。思い出したのは、
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