るのか、それとも……。
一月十一日
◯昨夜と今晩の二回の敵空襲では、ちょうど我家上空を飛んだ。今までにないことである。しかも両回とも同じコースを通った。
この日高射砲を盛んに射ったが、多くは後過ぎて駄目。たいへん冷える夜だった。敵機が照空灯につきさされながらも、わが砲弾と六百万都民を尻目に悠々と帰って行くので、さらに寒さを感ずる。夜間戦闘機の武勲もほとんど新聞に出ない。
一月十二日
◯昨夜モ敵三回来襲ス、薄雪アリ冷雨時ニ落チ冷エ込ムコト甚シ、遠方ニ男女ノ警防団員ノ声ス、皇土ヲ護ル当代ノ人々ナリ、感涙ヲ禁ジ得ズ。
◯今日慶大病院眼科ノ桑原博士ノ診察ヲ受ケタリ Augiospasmus retinae なる由。当分手当ヲ受ケルコトトナリタリ。ナオルヤナオラヌヤ今後ノ観測ニ俟ツ外ナキラシイ。「頭ヲ使ウナ、精神ノ安静ハ薬以上ニ効果アリ」ト言ワル、頭脳稼業ノ吾等ニハ痛イコトナリ。
一月十四日
◯敵機、一昨夜も昨夜も来ず。どうしやがったろう。
一月十九日
◯敵機昨夜も帝都に来らず、どうしたかと思っていたところ、放送によると昨日来阪神へ三回も来、今暁も来たし、朝九時頃も来た由。続いて午後になってB29、八十機が阪神初空襲を行なう。その前に関東と名古屋方面へ少数機で牽制して、それから入る。いくら牽制しても阪神へ入ることは見え透いている。
帝都、名古屋の前例に鑑み、阪神の重要工場は疎開を完了していたかどうか。川西航空機は如何? 神戸製鋼は如何?
◯一昨日、永田[#長女、朝子の婿の永田徹郎海軍大尉]の新世帯のある八日市場へ行き泊った。十八日帰った。
◯祖母、伊予より十八日突然帰る。
一月二十六日
◯眼が悪くなってから、書くことがかなりの大仕事となり、書けなくなった。
◯空襲は名古屋、阪神方面に移行し、このところ東京は昼も夜も警報から遠のいている。おかげで夜も温く寝られるわけで、今のうちに過日来の疲労をとりかえして置かねばならぬ。
二月三日
◯今夜、節分なり。晴彦と暢彦[#次男]に年男をやらせる。元気で二人声を揃えて、「敵撃滅、鬼は外」とやり、ぱらぱらと大豆をまく。
◯敵機、この頃東京襲撃がとかくとぎれ勝ちなり。昼間の大空襲も停頓しているらしい。何か変化を見せるな。何でも出してこい。
◯目下敵アメリカの発表せる損害は七十何万。これは動員兵員の六分四厘。前大戦でアメリカは八分の損害を出している。今次の戦域は前のそれに比べて東西両域にわたり、激闘の程度も比較にならぬ程ひどい。故に前記の数字は出鱈目《でたらめ》で、多分百二十万か百三十万はいかれているのだろう。来れ来れ。いくらでもやっつけてやるぞ。そうすれば、こっちが紐育《ニューヨーク》へ進軍するときは非常に楽になる。
二月五日
◯空襲ハ昨四日、九十機ヲ以テ神戸ニ、十五機ヲ以テ三重県ニ行ナイシト。埠頭ヲ狙イ、南西部市街等ニ火災起リシ由ナリ。
二月十日
◯本日は朝から敵機がちょろちょろ入って来ると思ったら、二時頃から九十機来襲、ただし帝都をぬけて関東北部へ行って投弾した。
「我方地上施設ニ若干ノ損害アリ」との大本営発表である。たぶん太田、小泉等の中島飛行機製作所がやられたのであろう。
あそこがやられるであろうことは、前々から分っていた。また数日前も敵機がきょうと同じコースで二度も入って来ている。熊谷の陸軍特攻隊も手ぐすねひいていた筈。むざむざやられるようなことはあるまいと思うが、「若干ノ損害」とは気になる。
また一方に於いて疎開もやっていたはずだから、うまく行けば案外建物をこわしたに止まるやも知れず、いくら神経ののろくさい軍官民の指導者たちも、今度はちゃんとやっておいてくれたろうと思うが、さあ信用はまだまだ致しかねるをいかにせんや。
◯戦果発表「十五機撃墜す」――十一日午後三時。
二月十一日
◯荻窪や京浜街道附近の友人たちが移転を希望し、世田谷に望みを持って、家を探してくれと頼んで来るのが多い。まことに尤《もっとも》もなことである。しかし世田谷はなかなか家が手に入らない。誰しも安全地帯と思っているせいであろう。
が、昨日今日、二軒ばかり明きそう。一軒はもう敷金と家賃を払込んで置いた。二十五円という安い家だ。しかし「早く見に来なさい」と知らせて置いた友人はいっこう来らず、今度は入り手ありやと心配する立場となっている。
二月十二日
◯慶応病院へ行く途中、省線[#JRとなった国電の旧称]千駄ケ谷駅へ電車がついたとき警報が出る。一機来たらしい。この敵機、わが制空機部隊によって撃墜され、銚子の向こうの海へ落ちたと発表あり、みんなうれしがる。一機来て、こうはっきり墜としたのは、これが最初である。
午後七時頃、敵一機来襲。西からきて帝都を東にぬけ、関東を旋廻して東
前へ
次へ
全43ページ中7ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング