ょっと燃えた模様。
 もっとも、あのときは前に警報解除が出、それに情報を加えて「まだ一目標あり、警戒中」と警報したのを、警報解除に安心しすぎて寝てしまったらしく思われる。「正確なる判断」が要望される。
◯昨夜は珍しく敵機来らず。たぶんいつものように十時ごろに一回、一時ごろに第二回目、第三回は三時ごろくると思っていたのに、一回もこなかった。わが航空隊がサイパンへなぐり込みをかけた故か。それとも敵の方で歳末新年は生活に忙しいせいか。
 私は壕に寝て、暁を迎えた。壕に寝るは寒く、身体が痛い。暁前の寒さがひとしおこたえる。目下下痢気味なのは、あるいは壕で冷えたせいか。
◯酒の特配に喜びなし。酒を呑まないためだ。煙草の特配に喜びなし、煙草は吸わないためだ。正月がくるというのに、一体何の喜びがあると身辺をふりかえったのに、三つの喜びがあった。一つは去る二十七日の敵機錐もみ撃墜のこと、第二は敵米英、ことに米の生産補充陣が大消費に喘ぎだしたというニュースしきりなること、第三に家族一同無事なること。

 一月一日(昭和二十年)
◯「一月ではない、十三月のような気がする」とうまいことをいった人がある。
◯昨大みそか夜も三回の来襲。皆一機宛。しかも警報の出がおそく、壕まで出るか出ないかに焼夷弾投下、高射砲うなる。

  敵機なお頭上に在りて年明くる
  ちらちらと敵弾燃えて年明くる
  焼夷弾ひりし敵機や月凍る

◯伊東福二郎君来宅。去る二十七日の空襲に、彼の家の三軒隣りの前の五間道路に、敵爆弾が落ちたとのこと。両側の家の一方は模型飛行機店で店だけこわれ、他方の家は半分吹きよじれた。人の損害は、前の防空壕に一方より圧力がかかって壕がくずれ、上からは土砂が落ち、赤ちゃん一名圧死。
 道路をつきぬけて破裂した敵弾は、径十センチばかりの水道鉄管をふきあげ、それが路上に電柱の如く突っ立ち、あたりは水にて池の如し、という。また三千ボルトの高圧線切断し、そのスパークが、瓦斯管の破損個所から出る瓦斯に引火して燃え出した。
 伊東君の家の南側ガラス(爆弾は南側におちた)は全部こわれたが、紙を貼って置いたので、粉々にはならなかったが、やっぱりとび散った。二階のガラスは大丈夫とのこと。
 半ねじれの家では七十の老人が、いったん壕に入りながら貴重品を思い出して家にもどり、その途端やられた。しかし落ちた屋根も、縁側が下におち、老人の身体をその間にはさんだので助かったという。
 ラジオ受信機は、断線個所が多かった。やわらかい土地だから、地震のように震動がつよかったためだろう。
 附近では爆弾破裂の音を聞いた人が殆んどなく、しゅるしゅるという音だけは聞いたそうな。近いところでは案外音がしないという話があるが、それに適中する。
 近所の人もわりあい落着いている由。この際引越しても輸送がうまく行かないこと、敵弾に当たれば運が悪いとあきらめようという気持、自分のところは大丈夫だという気持などがプラスに動いているらしい。
 附近に四発落ちた。荻窪の中島工場(まだほとんど無傷)を狙ったそれ弾か、荻窪駅を狙ったのか、それとも桃井第二国民学校を狙ったのか、それが分らないとのこと。
 とにかく伊東君一家の安泰を祈るや切なるものがある。
◯練馬では、一度掘れた爆弾孔を埋めたのに、後ほど又同じところに落弾し穴を明けた。もう埋める気がしなくなったそうな。

 一月四日
◯一日、二日、三日の夜は空襲なく、おかげでゆっくり眠れた。しかし三日は名古屋方面に九十数機の来襲あり、また四日は台湾、沖縄へ艦載機延べ五百機来襲。
◯サイパンを爆砕したというのに、敵機はその直後にとび立って、九十数機で堂々とやって来るのだ。台湾や琉球へも敵の機動部隊が近づき空襲をかける。こっちの機なきをすっかり知って、なめている態度がよく分る。しかし事実ゆえ仕方がない。忍耐精励、時を待つしかない。

  気にしまいとすれどもきょうの吹雪かな

◯「富士」編輯局《へんしゅうきょく》の木村健一氏が来宅。去る十二月十二日夜、雑司ケ谷墓地附近へ敵機が投弾して火災が生じたが、そのとき木村氏は用があって附近を通行中だった。身は焼夷弾の海の中におかれたため、大奮闘し、焼夷弾の処置や、火災を起こしかけた墓茶屋の消火に従事し、それより急を防護本部に知らせるなど大活躍した。仲々の殊勲であり、又貴重なる体験である。彼の談話の中から重要な点をあげてみると――
◯焼夷弾(油脂)はたしかに座金の方を手袋のままつかむことが出来る。
◯いやによく火は燃え、手袋についたり衣服についたりするが、ワセリンみたいな油が燃えているだけで熱くはない。もみ消せば消える。水では駄目。
◯靴で踏み消せば靴がだめになる。火叩きは有効。
◯落ちた瞬間、あたりは火の海となる。そのとき呆然
前へ 次へ
全43ページ中5ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング