十二月十六日
◯昨日と今日とぼろ市なり。私だけ行かず。諸品高きよし。昨年は蜜柑の山だったが、今年は少き由。暢彦はサーカスを亮嗣さんと見てきたそうだ。入場料一円五十銭。小屋がつぶれて大さわぎをしたという。算術をする犬が一番面白かったと。
◯風寒し。炬燵にこもって、例のとおり仕事。十三枚を書いたところで、つかれを覚えてやめる。烏啼ものの「いもり館」である。
◯昨日は「自警」のための連載探偵小説「地獄の使者」の第一回を書きあげ、今日前川氏に渡した。
◯宇田川嬢「振動魔」の印票を届けられる。二十五日迄に捺してほしいとの事なり。
◯「川柳祭」寄贈をうく。徳川さん、正岡氏、吉田機司氏などを熟読す。
◯きょうは鎌倉の郁ちゃんの婚礼の日。招待を受けたが、この病体にて鎌倉まで行きかねるし、英《ひで》も出したくない。いずれ永日こっちの健康の自信のついたときに二人してお祝品を持って伺うことにしていたが、鎌倉のオバアチャンから電報が来て警告があったので、おばあさんを心配させては気の毒この上なしと思い英に相談し、きょうのうちに祝状と金を祝品代として鎌倉へ送ることとした。同時に咲ちゃんの祝も同様にして送る。
 この秋以来、婚礼甚だ多し。こっちにはいささかこたえるが(ふところ)、まことに芽出たきことである。吉田機司氏の句に、
  女みなはらんだ終戦一年目
◯福田義雄君来宅。ちかごろの真空管はゲッターの研究が進んで、真空化が実に手軽になった由。送信術でも二十五ケ一台を三十分にて排気作業完成し完封するので、一日にこれを二十回もくりかえし得るという。一日に一個宛出来ればいい方だった大正十年頃のことを思えば、うたた感慨無量なり。
◯ラジオの伝えるところによれば、アメリカでは天然色映画「最後の爆弾」が完成せし由。長崎への原子爆弾投下もうつされていると。

 十二月二十一日
◯今暁四時、熊野沖に大地震あり、和歌山、高知、徳島、被害甚だし。東京ではゆるやかな水平動永くつづきたり。

 十二月二十四日
◯電話がかわる。永年借りていた四五四五番よ、さよならで、新しく自分のものとなりしものは五四三一番。

 十二月二十五日
◯英と私の合同誕生日祝にて、にぎり寿司をつくる。マグロ、イカ、タコ、シメサバ、タイラガイにて近頃になき豪華のもの。みなみな腹一杯たべる。

 十二月二十七日
◯いやに暖し。
◯朝、千代ちゃん来る。
◯おひる頃に橋本茂助氏と三男君来宅。炭をもって来て下さる。哲男の熱、少し下がりし由。シズエさんの婚礼は十二月二十一日に新郎の郷里にて盃してすみし由。

 十二月二十八日(土)
◯暮なれどのんびりなり。皆することがないから(金がないので)自然のんびりするなり。来客も皆尻長なり。いつもの慌しい暮に比べると、のんびりだけはうれしいが、その底にあるものは好ましからず。
◯夜、竹田君来宅。「超人来る」二十三枚を始めて渡す。酒煙草に三千円かかるので、生活費として女房に二千円しか渡せない、そこで女房が酒と煙草をやめてくれれば代用食をくわないですむのにといわれ、閉口すとなげいてかえる。

 十二月二十九日(日)
◯痰常体なり。昨夜のは歯から出たものと分る。
◯温さのこりて凌ぎよし、晴れて来る。
◯日曜なれば、暮も静かなり。川柳を繙《ひもと》くうちに昼となる。子供達、昨日の餅にて腹ふくれの態なり。
◯角田氏来宅。木々[#高太郎]邸の集りに出かける前によってくれしわけ。行けぬわけを申す。海苔五帖(渋谷百貨街)いただく。少しやつれ見ゆ。お子達、肺炎のあと蛔虫《かいちゅう》にて又いためつけられしとなり。
◯松平維石君来宅。原稿のことにていろいろと難儀な身の上ばなしを聞く。わが体験をはなし激励し置きたり。
◯延原さんが誘いに寄ってくれる。これも「自信なし自重したい」と弁じて謝す。江戸川さんの返金を頼んだ。きょうは蒲田で脱線して混み、そしてオーバーの釦《ボタン》をとられたため品川で乗換るのを見合わせて東京駅まで乗り、そこで乗客がすいたので床をさがして傷だらけになった釦をひろいあげた由。英が糸にてつける。
◯自由出版の使者来る。
◯開明社のお使い来る。「火星探険」が出来て六十部届けられた。印税の一部も。
◯エホンの稲垣さん来宅。自園でとれた南京豆一袋いただく。子供の大好物なり。原稿料を持参せられ、又次のものを頼まる。それと共に橋本哲男君の原稿をかえされ、意見を陳《の》べられた。甚だ参考になること故、近く哲男君へ伝えようと思う。
◯ふじ書房の近藤氏来宅。どうして居らるるか、素人のこと故、或いは失敗せられしかとこの間うちから心配していたところなので、うれしく会う。スローモーらしいが、仕事はまず順調にいっていると聞き安堵した。私の本は来年にまわるので、その挨拶に来られしわけ。

 十二月三十
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