中君を養子に迎える件を白紙に戻して、胃潰瘍をなおすために、甲州下部温泉へ向う。
十一月十八日
◯岡東弥生さん、飯田氏へ嫁ぎたり。
◯朝子育郎両人昨十月下旬、徹郎君所在の広島へ移る。(カゴシマより)
十一月二十六日
◯朝、風少しありしが、三軒茶屋まで散歩にゆきしところ渋谷への引返し電車ありければ、うっかり乗ってしまう。当然渋谷へ出たり。上通りより道玄坂の右側を通りて下りる。戦災の焼あとに店続々と出来てものすごき勢いなり。古本三冊を買う。「日本書道家辞典」と「禅語辞典」と、森於菟《もりおと》[#解剖学者。随筆家]氏の「解剖台に凭《よ》りて」なり。合計九十五円。餅菓子を売る店を見ているうちに九ケ箱入のものを買いたり。七十五円なり。
十一月二十七日
◯夜来大雨。
◯炬燵にて引籠もる。
◯「自警」編輯《へんしゅう》部の前川氏来、五回続きの連載探偵小説の執筆の依頼を受く。
◯東京裁判、リチャードソン大将を証人に、真珠湾事件等につき明かにす。
(ラジオ受信機を村上先生のお家にさし上げしに雑音しきりなりとかにて、ちょっと聞きにゆく。そのとおりなり。この項二十六日なり)
◯夜、若林国民学校の根本先生(昌彦の先生)来宅。全教組のスト問題と学校の寄付金問題につき明日学校にて理事評議員会あるとかにて伝えに来られしもの。病中につき欠席する旨返事をし、その他につき意見を交換せり。要は教育改革第一、先生の待遇改善問題第二なり。
◯電話五四三一番にかわる由なり。
十一月二十八日
◯朝、上町まで行く。この日春の如く暖かなり。銀杏樹真黄色になりて美しく落葉地に敷く。また渋柿の鈴なりが遠景に見えてこれまた美し。
古本屋にて石原純[#理論物理学者。科学思想家]博士の「科学教育論」と古い本で「科学探偵術」というのを買う。合計二十五円。
かえりに松蔭神社前駅の前の古本屋にて、延原[#謙]氏が要るという事なりしブルドックドラモントの「フォアラウンド」を買う。三十五円なり。
◯小栗虫太郎君の「有尾人」と「地軸二万哩」の二冊を検読す。朱線にて為すべきところ方々ある外、全く復刊出来ざるもの五つばかりあり。了後それぞれ博文館及び小栗未亡人に手紙にて知らせたり。
◯今日の速達便にて、又々白亜書房なるもの探偵小説選集を出すとかとて、参集方を頼み来たる。姫田余四郎氏の名にてなり。もちろん私は病身ゆえ失礼するつもり。
◯水谷準君より来翰。延原氏夫妻へわれわれよりの贈物は、江戸川さんと小生とにて八百円位の座蒲団を贈ることにしてくれとの事なり。承諾の旨、返事す。実物さがしはこっちがこの病体ゆえ、すまぬ事ながら江戸川さんへお願いの事とする。
◯英、この数日、毎日の如くはげしい頭痛にて寝込む。昨日と今日とは睡眠剤のドルシンを〇・二グラムずつのみたり。(英の希望によりて)
◯私は昨日の雨にて、のどの加減はたいへんよくなったが、こんどは鼻をやられたらしく、しきりにくしゃみ出、洟《はな》をずるずるいわせる仕儀となった。
これが風邪の第三回の開幕なり。
昨年とちがって、今年はなぜこう風邪ばかりひくのか訳がわからず。昨年よりはずっと肥っているし、抵抗力もあるはずなんだが。もっとも精神力は非常に低下していることが自分にもよく分っている。
十一月二十九日
◯鼻風邪いよいよひどく、昨夜は枕をぬらした。咽喉もいたい。
◯朝子より来翰。
◯「科学世界」の九・十月号と十一月号来る。安達嘉一君が科学文化協会の事務次長となりて最初の編集のものなり。新清にして仲々よろしく、就中《なかんずく》「原子力の将来」についての木村氏の記事と、マ司令部のROX氏の寄稿に大いに感動す。この旨、安達君へ手紙を認めた。
◯読者ウィークリーに「鼠色の手袋」八枚を書く。
◯力書房の田中氏、原稿用紙を持って来てくれる。
松平維石の「キカ」の原稿を托した。
◯福田義雄君と吉水君来宅。ペニシリンの事、加藤ヨシノさんの肺炎のことなど話をする。
十一月三十日
◯はや十一月も暮れんとす。
◯きょうは晴曇にて寒し。一日炬燵の中にいたり。
◯午後、血を吐く。気道より出たるか肺の中より出たるかはっきりしないが、相当固まっていて指でこすっても崩れない部分さえあったので、気道の方ではないかと思われる。村上先生来診。念のためとトロンボーゲン5ccを注射。
◯愛育社の「電気」を少し書く。
◯江戸川さんより速達あり、延原氏へ贈る座蒲団は、江戸川さんと小生の連名とする事に相談あり。値は一千円位。小生病気につき現品見つけ方及び送り方は全部江戸川さんを煩わすこととなる。
なお、家の中の仕事といえども、やり過ぎるなと注意あり、返事を認めて、そのことよく守りましょうと申し送った。
向う一年、ピッチを下げて、最低の仕事をし、最低の生活を保証せん。
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