一同無事。
姉さんと圭介君は、益兄さんの勤務している広島の近くへ行くし、咲ちゃんと修ちゃんは御影へ残ることとなり、それぞれの友人の宅に置いて貰う。ほかに良ちゃん[#朝永良太]はうちに下宿中、洋二君は商船学校に在学中で、一家六分離した状態となった。
◯親類ですでに戦災せるは、牛込岩松町の山中作市氏一家、ほかに樋口(中野)、中条(代々幡)、常田(厩橋)である。
◯清水も過日、濃密夜爆を受けたという。羽部家は如何かと案じているが、たぶん大丈夫だと思う。町はずれにあるからそう思うのである。
◯偶然焼け残ったというところはない。懸命の努力で消火したればこそ焼け残ったのである。
◯本十四日、敵機動部隊は再び艦載機で攻撃を開始した。時刻は同じ五時半より。地域は主として東北方面である。
七月十五日
◯昨十四日は釜石が敵艦隊のため艦砲射撃を受けた。本州艦砲射撃の最初である。
◯昨十四日は、二次のKB《きどうぶたい》来襲。主として東北及北海道南部。
◯やはり昨日、森村義行君を玉川電車の一列行列の中に見出す。聞けば「焼けたよ」との事、「ファベルをすっかり焼いて残念だ」といっていた。ファベルとは独逸の鉛筆のことである。うちにあるのを少し分けてあげると約束した。
七月十六日
◯森村義行君を瀬田へ訪問。気の毒になる。
◯東部三十三部隊。
七月二十一日
◯最近のB29は、一機にて入り来り、大型爆弾や焼夷弾を投下する。今日も昼頃来て、うちの南方に焼夷弾を落として行った。
◯昨日の嵐に、近海行動中の敵機動部隊もさぞゆられたことじゃろう。
◯本日地下物置のものをすっかり出して乾す。昨日の嵐に、大分浸水したからである。これもアメリカのお蔭かと、憤慨しながら力を出す。
七月二十六日
◯一昨日、中部以西へB29、七百機、その他小型機合計二千機来襲す。これまでの記録破りの賑かさなり。折柄、ポツダムに於いてスターリン、トルーマン、チャーチルの三頭会談を開催中であり、その宣伝効果をねらったものと報道される。わが方の飛行機さっぱり応戦せず、ただ地上砲火によって反撃したのみ。
◯清水の羽部さんも過日戦災したことが判明した。鎌倉のおばあちゃんからの知らせがあったからである。だいぶあわてたらしく、澄子さんもいいもんぺやシャツを着るのを忘れて、一等みすぼらしいもののまま焼け出されたとか。全く気の毒。敵への
前へ
次へ
全86ページ中48ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング