で歩けないので、郵便にします」と断りの文句があった。
 自分もこの二、三日腹が減ってかなわず、なんということもなく廊下トンビ[#用もないのに廊下をうろつき回ること]をくりかえしていて、おやと気がつく。子供は騒いでいないのに、おやじの私がこのていたらくでは困ったものだと赧《あか》くなる次第である。
 もっとも、昼は雑炊二わんであるので、減るのも無理はない。
◯昨日も今日も、一機侵入の敵機めが爆弾を落として行く。昨日は日本堤の消防署に命中、今日は東京湾の海中に命中。
◯閑院宮殿下が薨去《こうきょ》された。
◯目下マリアナ基地にはB29が六百機位いる見込み。

 五月二十三日
◯連日天候わるく、雨の降らぬことなし。敵機もいっこうにやって来ない。
 電車に乗っても、防空頭巾を持っているのがまず三割程度。人間というものは、鋭敏なりとほめるべきか、それとも面倒くさがりやだとけなすべきか、それとも、油断をするな、と声をかけるべきか。
◯今日は雨降りなれど、ちと気温上る。すなわち十六度となる。昨日は十三度どまり。天候漸く恢復の兆あり。
◯昨日は畠をこしらえ、加藤完治[#満蒙開拓移民の指導などに当たった、明治―昭和期の農本主義者]さんの話にならい、甘藷《かんしょ》の皮を植えてみる。
[#カット「甘藷植えの図」入る。54−上段]
◯昨夜は、初めて写真の引伸ばしというものをする。成功した。出来てみれば成功とかなんとかいうほどのものならず、簡単に行った。
 この頃写真の現像、焼付、引伸ばし、みんな自分でやっている。
◯陸軍軍需本廠研究部へ売却することとなった学術書籍及び雑誌を、今日先方からとりに見える。学生さんが三人、そのうちの一人は良太[#甥]君だから笑わせる。
 午前と午後と二度、雨の中を重い風呂敷包を背負って帰った。さぞ腹が減ることと同情したが、何の風情もない。わずかに一切れの手製パンに、先日岡東より貰った小岩井のバターをつけ、砂糖なしの紅茶を出して、気をまぎらして貰った。

 五月二十四日
◯零時二十八分に関東海面に警戒警報が出た。「数目標」という。英[#夫人]と一緒に起き出て、まず二人は支度する。そのうちに関東地方に警戒警報が出た。皆を起こして支度をさせる。また重要物件を防空壕へ入れる。水をあちこちへ置き、水道へゴム管をつなぐ。そのうちに空襲警報となる。一同防空壕に入る。
◯もう
前へ 次へ
全86ページ中38ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング