五月三日
◯ドイツ・ベルリンの戦闘の終局、ヒトラー総統の戦死、デーニッツ新総統の就任、米、英、ソ、それぞれの休戦に関する報道ぶりなど、目まぐるしい欧州のニュースの連発である。ゲッペルス宣伝相は自殺したとソ連は発表した。リッペントロップ外相とゲーリング元大ドイツ元帥のことはすこしも出て来ない。ヒムラー内相のことはデーニッツ新総統が不服従の烙印を捺《お》し、ヒムラー氏の対米英休戦申入れを許さずとしたとある。
 いずれにしろ、ドイツも遂に無条件降服の外ないのであろう。
 今夕、鈴木総理大臣はこれにつき放送した。趣旨は分り切ったことである。若い声だが、原稿をとちるところなど老衰が見えるようである。
 ドイツ大使スターマー氏も声明を発表した。「ヒットラー総統は死んだ」から始まって、総統が死に臨み、側近からデーニッツ提督を後継に選んだ炯眼《けいがん》と熱意とを指摘し、そして「ドイツ人は故人の意志を奉じて邁進精進することに於いて、世界に稀なる民族である」こと、「故総統によってまかれたる種は、将来きっと花を咲かせ実を結ぶであろう」と述べ、そして最後に「故総統は日本のよき友であり、且つ日本人崇拝者であった」と結んだ。
 もう影はうすかったがムッソリーニ統帥も殺され、得意絶頂のルーズベルトは急死し、今またヒットラー総統戦死して、世界の巨名者ぞくぞく斃る。
 チャーチル、スターリン氏はまだ斃れないかと興味に富んだ目が、両人のうしろをしきりに追駈けている。神のみぞ知りたもう。
◯串良の朝子[#長女]より来信。二十三日発の速達が十一日目についた。「私たちは元気です。主人は家に帰って来ませんが、下士官の方に会ったら、隊で元気で居られますといわれました」とあって、一安心した。
 串良も敵の上陸の噂でかなり動揺しているらしい。朝子、大なる覚悟のほどをのべていた。
 二十六日より六日間、南九州をB29の大群が連爆したのが気にかかるが、この方の手紙が来るのは、まだ十日位先となることであろう。
 皆の無事を祈ってやまない。

 五月五日
◯昨四日、慶大病院へ行ったが、もう大分いいから、しばらく(通院を)休んではどうかといわれた。或る程度まで治り、そして或る程度以上は治らぬことがわかったので、それに従って休むことにした。
 いい散歩課業がなくなった。これからは体操と歩行とにつとめることにしよう。

前へ 次へ
全86ページ中33ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング