たが、他は軽微だった。

 昭和十九年十二月十日
◯午後七時半ごろ、警報鳴る。晴夜だ。家族を壕へ入れる。敵は二機だ。帝都の西方(わが家は帝都西部に位置する[#東京都世田谷区若林町])より北方へ抜けたが、また引返してきた。珍しく高射砲が鳴りだした。
「壕へ入ってよかった」と誰かがいう。
 かなりたくさん発砲した。あとで情報は「一機に命中確実」と伝えた。「よかった」と寝床の中から、皆がいった。
 残る一機は南方へ去った。

 十二月十一日
◯萩原さんの防空壕は、大工さんが入り、棚なども吊った由。亮嗣君はいつもうちの壕へきていたのに、このごろこなくなった。
◯夜半、午前二時半ごろ警報出る。伊豆方面より敵一機北東侵入。一機のこと故、子供は起こさないでおき、家内の灯管[#灯火管制。夜間、敵機の来襲に備えて、灯りを遮ったり落としたりすこと]とラジオと壕の点灯だけを用意しておく。
 晴夜にして、既に十一日過ぎの三日月は東天にかかり、星はきらきらと天空に輝き、寒々としている。高射砲が鳴りだした。
 離室への廊下から東南の方を見ると、わが照空灯が十数条、大井町の上空と思われるところへ集まっており、それよりやや左にぱらぱらと火の粉のようなものが落下して行く。それは敵機の投下した焼夷弾だ。憎むべき敵と、ふんがいする。
 やがて音も光も消え、元のような深夜の空となった。本屋の寝床へ入って寝る。

 十二月十二日
◯毎夜のごとく敵機がくる。きまって一機または二機で、せいぜい二隊位だ。昨夜と今暁二度起こされた。癪にさわる。ねむい。寒い。二度目は家族は起こさず、自分だけで一応灯管を見て廻った。
 きょうは起きたが、身体が変調だ。敵はいわゆる神経戦と疲労戦とでやってくるものだろうが、たしかにそれは一応成功している。しかしこっちも考え直して、もっといい対策を講じ、アメリカの手にのらないようにしなければならぬ。とりあえず夜分の当直は私が引受け、そして早寝をすることにしよう。
◯二度の空襲とも、夢のなかで空襲を見ていた。初めのときは、敵が毒ガスをまいたところで目がさめた。その毒ガスがいっこうに私の呼吸を苦しくさせないので「ははあ、これは夢だわい」と、目をさましたのであった。二度目は、貨車一台ほどの油脂焼夷弾がこっちのビルヘ落ち、そこら中に火をふりまき、私はたぶん晴彦[#長男]を連れ、二人ともハダシゆえ近
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