◯ラジオにて寛永寺の除夜の鐘の音を聞く。平和来。昨年は「敵機なお頭上に来りて年明くる」と一句したりけるが、本年は敵機もなく、句もなく、寝床にもぐり込む。
[#改丁、左寄せで]
降伏日記(二)
[#改ページ]
序
禿筆をふるいて降伏日記を書きつづけん
昭和二十一年元旦
[#地付きで]海野十三
一月一日
◯快晴也好新年。
されど記録になき乏しき食膳の新春なり。されどされど食膳に向えば雑煮あり、椀中餅あり鳥あり蒲鉾《かまぼこ》あり海苔あり。お重には絶讃ものの甘豆あり、うちの白い鶏の生んだ卵が半分に切ってあり、黄色鮮かなり。牛蒡《ごぼう》蓮《はす》里芋《さといも》の煮つけの大皿あり、屠蘇《とそ》はなけれど配給のなおし酒は甘く子供よろこびてなめる。
私五十、妻三十八
陽子十六、晴彦十四
暢彦十二、昌彦十
◯子供は一円五十銭にて買い来りし紙鳶《たこ》をあげてよろこびしが、遂に自作を始めたり。
◯坪内和夫君年始に第一の客として入来。
◯楽ちゃんも年始に。
◯夜子供のため、凧に絵をかく。矢の根五郎を鳥居清忠の手本によりてうつす。
◯国旗を掲ぐ。
◯畏くも詔書慎発。[#天皇、神格化否定の詔勅。いわゆる人間宣言]民主々義を宣せらる。
一月二日
◯快晴。
◯自分の部屋を大掃除す。雑巾も使う。
◯凧が十五も出来て、次々に絵をかく。達磨《だるま》あり蛸《たこ》あり般若《はんにゃ》あり。
◯本日年賀の客なし。
◯麻雀二回戦。
一月三日
◯快晴。
◯すべて静かに、日頃の雑音も聞えず。また凧の絵を描く。
◯年賀客。小野富弥君(小学校同級生)、吉岡専造君。
一月四日
◯初仕事に懸る。大日本画劇の紙芝居脚本『蚤《のみ》の探偵』十二景。
◯朝、湯殿で洗面のとき咳をして腰の筋をちがえ痛くてやり切れない。
◯ふしぎに暖く、十一度なり。
◯后七時の放送に、マ司令部発の二重大指令を報ず。官公職就任禁止及び排除[#公職追放]と、国体[#超国家主義団体]解散令なり。
総選挙を前にして本令の施行は頗る効果的なり、政治及び政府要員は殆んど完全に旧態を切開せらる。進歩党の如きは首脳部を根こそぎ持って行かれる。
幣原内閣も改造か総辞職の外なく一嵐なり。
共産党は本令を更に拡張し地主や下級官吏等に及ばしむべしと論ず。
戦敗国なれば、斯く入れ替るべきは当然にして、
前へ
次へ
全86ページ中68ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング