塔」を読みつつある。
◯三十日以来、米機うるさく屋根の上を飛びまわる。監視飛行かもしれぬが、ちとうるさきことである。もっと高空を飛んだらよかろうに。屋根すれすれを飛び居る。
◯復員兵が厖大なる物資を担って町に氾らんしている。いやですねえという話。それをきいた私も、大いにいやな気がした。しかし今日町に出て、実際にそれを見たところ、ふしぎにいやな感じがしなかった。しなかったばかりか、気の毒になって涙が出てしようがなかった。十八歳ぐらいの子供のような水兵さん、三十何歳かの青髯のおっさん一等兵、全く御苦労さま、つらいことだったでしょうと肩へ手をかけてあげたい気持がした。

 九月二日
◯本日午前九時十五分、東京湾上の米戦艦ミズーリ甲板上にて、わが全権重光[#葵]外相、梅津[#美治郎]参謀総長は、連合軍総司令官マッカーサー元帥らの前に進みて、降伏調印を終る。
 かくて建国三千年、わが国最初の降伏事態発生す。
◯この日雨雲低く、B29其の他百数十機、頭上すれすれに、ぶんぶん飛びまわる。
◯サイパン放送局の祝賀音楽聞こえる。
 アナウンサーは「今上陛下」という言葉を使う。あたり前のことであるものの、最初ちょっと意外に感じた。
◯降伏文書調印に関する放送も、二度聞くともうたくさんで、三度目、四度目はスイッチを切って置いた。飯がまずくなる。

 九月三日
◯朝の放送は、やっぱり降伏文書調印の報道であろうと思い、聞かず。昼の報道より聞き始む。
◯北村小松君来宅。
◯夜の報道にて、スターリンの対日終戦祝賀の演説が伝えられる。前夜聞いたトルーマン大統領のそれと並べてみて、敗戦国のわれわれのみじめさを感ず。
◯農村に米なく、大さわぎになるとか。今度からの供出は、多分承知しまいであろうと思われるとの事。そうなれば一大事だ。
◯今夜の清瀬一郎[#弁護士、政治家。戦後、公職追放処分を受けるが、東京裁判では東条英機の主任弁護士となる]氏の放送の要旨。「原子爆弾が人道に反し、国際条約に反することは歴然たり。こういうものを使用せる者こそ、戦争犯罪者であると思うが、それをどう処置するのか、今晩は議論するつもりはない。その被害の真相を今度の臨時議会において発表されんことを望む。そうすれば世界中へこの事が知れるであろう」
 私も思う。なぜ、原子爆弾をいきなり使ったか、降伏しなければ投下する、と予告しなかったの
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