人どもは了解《りょうかい》しないのですか」
「そこじゃ、実に困った対立、いや暗い問題があるんだ、この海底都市にはね」
「へえッ、こんな理想境《りそうきょう》にも暗い問題なんかがあるんですかね。それは一体どんな問題なんですか」
僕は非常に意外に感じたので、強く問《と》いただした。
博士はすぐには返事をせず、例の五頭のパイプを髭の野原の中に押しこんで、やけに煙をふかしていたが、やがてやっとパイプを口から取ってつぶやくように低いことばをはき出した。
「それは言えない。わしの口から言えない。君のようなエトランジェ(異境人)には言えない」
博士は、そのことばが終るとともに立上って、両の肩をぶるぶるとふるわせた。
僕の好奇心は火柱《ひばしら》のようにもえあがったけれど、博士の沈痛《ちんつう》な姿を見ると、重《かさ》ねて問《と》うは気の毒になり、まあまあと自分の心をおさえつけた。
しかし一体《いったい》なんであろうか。この完全文明理想境を脅《おびや》かすところの、暗い問題とは。暗い問題があるということすら、僕には不審《ふしん》でならないのだが……。
僕はそれから間もなく、博士に別れた。
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