こしも目が放せないといって、弟が心配して居ましたわよ。当地ははじめてなんですってねえ」
 僕は、カスミ女史からずけずけいわれて、顔があつくなるのをおぼえた。
「はい、はじめてですから、万事《ばんじ》まごついてばかりいます」
「一体あなたはどこからいらしたんですの」
 痛い質問が、女史の紅唇《こうしん》からとび出した。僕はどきんとした。
「ちょっと遠方《えんぽう》なんです」
「遠方というと、どこでしょう。金星ですか。まさか火星人ではないでしょう」
「ま、ま、まさか……」
 女史の質問に僕はどんなに面くらったことか。これでも僕は人並《ひとなみ》の顔をしているつもりである。それを女史はまちがえるにも事によりけりで、僕を火星人ではないだろうか、金星から来た人かと思っているのである。事のおこりは、僕がいった「遠方」という言葉をとりちがえたにしても、あまりにひどいとりちがえかたである。
「では、どこからいらしったの。ねえ本間さん」
 困った。全く困った。僕は困り切った。嘘をつくのはいやだし、それかといって本当のことをいえば、怪《あや》しき曲者《くせもの》めというので、ひどい目にあうにちがいない。

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