しかめる。おどろいて口をあけると、相手も口をあける。ますますおどろいて手を口のところへ持っていくと、相手もそうするのだった。僕はあきれてしまった。僕は少年にちがいない。それだのに、なぜこの鏡の中には釣針《つりばり》ひげの大人の顔がうつるのであろうか。
「こののちは、どうぞご冗談をおっしゃらないようにお願い申上げまする。そこでお客さま。どうぞお早く御用をおっしゃって下さいませ」
老ボーイは、姿勢を正し、眼を糸のように細くし、鼻の穴を真正面《ましょうめん》にこっちへ向けて小汽艇《しょうきてい》の汽笛のような声でいった。
とつぜん僕の頭の中に、電光のようにひらめいたものがあった。それは辻ヶ谷君にさようならをいってから、一足《いっそく》とびに早くも二十年後の世界へ来てしまっているのだ。したがって僕自身も、一足とびに二十年だけ年齢がふえてしまったのだ。だから鏡の中からこっちをじろじろみているあのきざ[#「きざ」に傍点]な釣針ひげのおとなこそ正《まさ》しく二十年としをとった僕のすがたなのであろう。
そう思って、手を鼻の下へやると、指さきに釣針ひげがごそりとさわった。
「はっはっはっはっ」と、
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