れてくる災害の急報を読むたびに、色を失っていた。もう会議どころではなかったし、この弱味につけこんで海底都市のヤマ族に攻めこまれたら、どうしたって自分たちトロ族の大敗であろうし、悪くすると一族はほとんど全滅することは明らかであった。
そこへカビ博士が興奮《こうふん》の色で、オンドリのところへやって来た。
「おお、オンドリどの。われわれは直《ただ》ちに大ぜいの者を、君の国へ出発させることになりました」
いよいよ来るものが来たなと、オンドリたちは無念の歯がみをした。
しかし、それはオンドリたちの思いちがいであった。つづいてカビ博士が語ったところによると、この大震災の救済のために、わが海底都市は全力をあげてトロ族の国へ急行するというのであった。食糧や飲料や薬品や居住資材、それからいろいろの交通機関や工作機械に土木用具などをあつめて、それを地底へ持っていって、トロ族を救い、出来るだけ早く、生き残ったトロ族のために居住の場所をこしらえ、彼等が元気づくまでは、食糧をどんどん送って生活の面倒を見ようというのであった。全く人類愛というか、同胞愛というか、それとも生物愛というか、その深い愛に従って行動するわけで、そこには侵略の意志が全然ないことが、くりかえしカビ博士によって説明された。
「それみたまえ、オンドリ君。僕がかねがねいったとおりだ。君らこそむしろ頭を切りかえなくてはならない。われわれヤマ族は、もう野蛮な侵略なんてことは、すこしも考えていないんだ。これだけの楽しい社会を持ち、これだけの豊かな資源と科学技術を持っているわれわれが、不正の手段でもって、これ以上の幸福を得ようとは思わないのだ。今こそ分ったろう。え、どうだい、オンドリ君」
僕は、前のようなざっくばらんの態度にかえって、オンドリにいった。
オンドリは、大きな頭を、すこし上下にふって、ようやく話が分ったらしい様子だった。
「そのとおりです、オンドリどの」
とカビ博士は力をこめていった。
「さあ、笑ってください。これまでの不快なことはすべて忘れて下さい。一時でもいいから忘れてください。そして一刻も早く救援作業を始めようではありませんか。あなたがたは、ぜひその先頭に立ってください。そして、あなたがたのことばで、あなたのお国の方々を、まず安心させてください」
「ありがとう。どうか、そうしてください」
頑固だったオンドリも、ついに礼をいって、万事《ばんじ》を相手にまかせた。
「オンドリ君。君は今の一言で、たくさんのトロ族を救った。君は、トロ族の大恩人になった。世界平和の鍵のような役目をしたのだ。君たちはあとで、トロ族全体から、うんと感謝されるだろう。よく分ってくれたねえ」
僕はオンドリの身体をだいて、よろこびのことばを送った。
「いや。われわれの力ではない。これは君の力で、こうなったのだ。君の辛抱《しんぼう》づよいこと、君の深い愛、君の正しい信念――君が使者になって地底へ来てくれたんでなかったら、こう平和にはいかなかったろうと思う。ありがとう、ありがとう」
オンドリは、僕にすがりついて、感謝《かんしゃ》のことばをのべてくれた。
さあ、これで平和のうちに、惨禍《さんか》のトロ族たちを救い出しに行ける。
カビ博士は、救済団長《きゅうさいだんちょう》になって、すぐ出発することになった。もちろんオンドリたちといっしょに、先頭に立って地底へのりこむのだ。
海底都市の人々は、この救済団の出発を見送るために、広場をさして集まって来た。すごい人出だった。こんなに人が集まったことは、海底都市が始まって以来今までに一度もなかったことだ。
人々の声は、カビ博士の名をよんで、その殊勲《しゅくん》をほめたたえる。博士は上気《じょうき》して、顔をまっ赤にしている。
意外なる待人《まちびと》
「おめでとう、カビ君。この手柄によって、君はこの次の市長に選挙せられるだろう。しっかりやって来たまえ」
僕は博士の肩をうしろから叩いて、そういった。
博士は、くるりとうしろをふりかえって、片目をふさいで頭を振った。
(そうじゃない。みんな君の手柄なんだ)
という意味をこめているのだ。
「これから君もいっしょに来て、わしを例のとおり助けてくれるだろうな」
「もちろんだ。僕はこの機会に、徹底的にトロ族を研究し、そして彼らのために幸福な安住《あんじゅう》のできる国を建設してやりたいと思っているんだ」
「おお、万歳《ばんざい》。それだ、君はこんどこそ表面に立って仕事をするのだ。わしは君のことについて、いずれ市民にすっかり本当のことを話をするつもりだ」
「不正入国の影の人間だということもか」
「しいッ。……大きな声を出してはいけない。わしも同罪《どうざい》になるおそれがある。それは隠《かく》してお
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