いた方がいい。それを隠しても、君の勲功《くんこう》は隠し切れないのだ」
「好きなようにしたまえ」
 僕もこのとき、前途《ぜんと》の大計画を思って、大興奮《だいこうふん》を禁ずることが出来なかった。事実上、僕が海底にトロ族の新興都市を作るその指導者になるんだ。そしてヤマ族の海底都市と連絡をつけて、ここに海底連合大居住区を建設するんだ。それから双方の文化を交流し――。
「そうそう、出発の前に、ぜひとも君に会わさねばならない人があったのを忘れていた」
 とカビ博士が、いいだした。
「僕にぜひ合わせるんだって。それは一体誰だい」
「ふふふふ」
 とカビ博士はひとり笑いをしてから、
「おどろいてはいけない、君の妻君《さいくん》だよ。君の夫人だよ」
「ええッ、僕の妻?」
 僕はおどろいた。全くおどろいた。じょうだんではない。本当は僕はまだ生徒なんだ。妻君なんかがあってたまるものか。そのことをカビ博士にいうと、彼はせせら笑った。
「なんという頭の悪いことだ。君は本当は生徒かもしらんが、この海底都市では、君、年齢《とし》をとっているんだから、君に妻君があってもなんにもふしぎじゃない」
「だって僕は、影の人物だぜ」
「しかし君は、現在の生徒の時代よりも何十年先まで生きる運命を持っているんだから、君の未来というものがあるわけだ。今は妻君がなくとも、やがて結婚する年齢になるだろうじゃないか。だから二十年先の世の中であるこの海底都市において、君の妻君が町をうろうろしていたって、べつにふしぎでもなんでもない。そうだろう」
「ふーン」
 僕は呻《うな》った。そういえば、そうにちがいない。しかし正直なところ、僕は自分の妻君に会うのが、はずかしくてしょうがないのだ。――でも、どんな顔をしているであろうか。ちょっと会って見たい気も起こらないではない。
「大分前から、君の妻君は別室で待っているんだ。タクマ少年が、ずっとそのそばについて、わしが連絡するのを待っているのじゃ。さあ、これからいって、すぐ会いたまえ。なに、もじもじしているのか」
 カビ博士は、えんりょなく僕をやっつける。
「あ、ちっょと待った」
 と僕は手をあげ、
「どうも訳が分らないことがある……」
「訳が分らないって、何が……」
「これは会わない方がいいと思うね。なぜといって、いいかね、その妻君だがね、その妻君には夫があるんだろう」
「知れたことさ。君という夫がある」
「ちょっと待った。そこなんだが――」
 と僕は一息ついて、
「かの妻君には僕という本当の夫がある。そこへ持って来て、これから本当の僕ではない僕の影が出ていって会う。これはへんなもんじゃないか」
「なんだって」
「そうだろう。影の僕が出ていって、妻君に会う。二人で話をしているそのそばへ、二十年後の世界の本当の僕がのこのこ現れて妻君のそばへ行く。すると僕の姿をした同じ人間が二人も出来て、妻君の前に立つ。妻君はそれを見てどうするだろう。おどろいて目をまわしてしまうぜ。だから会わない方がいいんだ」
「わははは」
 とカビ博士は笑いだした。
「気がつかないで通りすぎるかと思ったが、とうとうそこに気がついてしまったか」
「なんだ、君は始めからその矛盾を知っていたのか。人のわるい男だ」
「いや、これには実は深い事情があるんだ。それを今ここで説明しているひまはないが、とにかくわしは君に保証する。いいかねその深い事情が実にうまく今一つの機会を作っていて、君と妻君が会うに、今が絶好の機会なんだ。君の妻君は君を決して怪《あや》しみはしないだろう。またほんものの君が横から出て来てびっくりさせるようなことは決してない。だからぜひ会いたまえ」
 カビ博士はしきりにすすめる。


   大団円《だいだんえん》


 カビ博士は、僕を僕の二十年後の妻君と会わせたがっている。熱心にいろいろと僕を説《と》きつける。ほんものの僕と、この影の僕とが鉢《はち》あわせをするようなことはないと、博士は保証する。
 しかも博士は遂《つい》に妙なことをいいだした。これには「深い事情がある」と。僕は気になってしょうがない。そこで博士に向い、その「深い事情」とは何かとたずねた。
「ま、そのことは後でゆっくりと君自身が考えたがいい。わしは説明しているひまがない。それよりは早く、君の妻君に会ってくれ。――ほら、タクマ少年がやって来たぜ。あまりおそいから、さいそくに来たんだろう」
 なるほど、タクマ少年がいつものように顔を赤くして、こっちへ笑いかけた。
「お客さん。さっきから奥様がお待ちかねですが。お隣の部屋まで来ていらっしゃいます。その扉の向こうです」
 少年の指《さ》す方を、僕はおそるおそる見た。
「タクマちゃん。まだなの」
 美しい女の声が、扉の向こうで、そういった。僕ははっとした。心臓
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