、今までのかずかずの失礼の段、ふかく遺憾《いかん》の意を表します。すみません」
 オンドリは別人のようにおとなしくなって、大恐縮《だいきょうしゅく》のていで、僕に嘆願《たんがん》し、且《か》つわびた。僕は、あとは責任をもって引受けるといってやった。そしてすぐ海底都市へ出発するから、代表者は用意をするようにといった。
 代表者五名が、やがて僕の前に並んだ。
 そのうちの一人はオンドリであった。あと四人は、男二人、女が二人。半数は若く、半数は老人だということであった。
 彼らは服装をととのえた。裸身《らしん》の上へ、西陣織《にしじんおり》のようなもので作った、衣服をつけた。そして頭部を頭巾《ずきん》のようなもので包み、目ばかりを見せていた。
 それから彼らは、身のたけよりも長い筒を背中にくくりつけた。
「これは何が入っているんですか」
 と、僕がたずねると、彼らは答えて、行って帰るまでの生活用具が入っていること、決してあやしげなるものははいっていないことを説明した。そして中をひらいて、内容物をぞろぞろと取り出して見せた。しかし僕にはそれらがどういう役をするものであるか、一つとして見当がつかなかったので、そのまま収《しま》ってもらうことにした。
 僕と五人のトロ人は、大ぜいに見送られて出発した。
 それから僕は五人の者に案内せられて、例の不愉快な旅行をつづけた。
「ヤマ族には、影というものがないのですかねえ」
 ビロという若者は、途中でえらい発見をして、僕にたずねた。
 僕はぎくりとした。
「それはね、影のある者もあるし、ない者もあるんだ」
「ふしぎですね。われらトロ族はみんな一つずつ影を持っていますよ」
「そうだろうね」
「なぜ、ヤマ族には、あなたのように影のない人があるのでしょうか」
 僕は返答に困った。
「ま、その訳を話すと長くなるから、しないでおくが、要するにわれわれヤマ族では、影なんかどうにでもなるんだ。一人で五つも六つも影を持っている者もある」
「ほう。それは、ますますふしぎだ」
 ビロはびっくり[#「びっくり」は底本では「びっく」]したようだ。
 僕は、決してでたらめをいったわけではない。物の影などというものは光線の数によって決まるものだ。
 つぼのうしろに、一本の蝋燭《ろうそく》をたてると、つぼの影は一つできる。もしこのとき蝋燭を二本にするとつぼの影は二つになる。だから光源をもっとふやせば、影はそれに応じてふえる。影を五つも六つも持つことは、らくにやれることだ。しかし僕のように、この世に影をなげかけることの出来ないものは、影のふやしようがない。
 もっとも、このことも理学的に研究を進めるなら、あるいは出来るようになるかもしれないが……。
 僕たちは、ついに最後の砂をつきやぶって海底に出た。
 例のなつかしい海底風景であった。
 僕はカビ博士のことを念頭《ねんとう》に思いうかべた。そこで博士の貸してくれた通信機のことをも思い出して胸のあたりをさぐってみると、ちゃんとそれがあった。これ幸いと僕はその送話器を通じて、放送をこころみた。
 すると、応答があった。
「了解した。すぐそこへ迎えに行く」
 という。
 そういってから、五分間とかからないうちに、カビ博士は高速潜水艇メバル号に乗ってやって来た。しかもそのうしろには、メバル号よりずっと大きなりっぱな潜水艇が三|隻《せき》したがっていた。
「ご苦労だったね。大いに心配していた」
 と博士は潜水服姿であらわれていった。
「ひどい目にあったよ」
「そうだろう。あとから話を聞くことにしよう。……あんまり君が戻って来ないものだから、とうとう、わしは政府を動かして、この潜水艇三隻の協力を得ることになったのだ」
 博士はそういいながら、五人のトロ族の方をじろりと見た。


   新龍宮《しんりゅうぐう》ホテル


 五人の魚人《ぎょじん》たちをむかえた海底都市は、その歓迎に、町々がひっくりかえるほどのにぎやかさであった。
 そういう魚人が、海底のさらにその下に住んでいたとは知らない人の方が多かったので、「先住《せんじゅう》トロ族の発見とその来訪《らいほう》」というカビ博士の解説文は、報道網《ほうどうもう》を通って海底都市の人々に大きなおどろきと、深い感銘とをあたえた。そして代表オンドリ氏・ビロ氏などの五名の宿舎にあてられた新龍宮《しんりゅうぐう》ホテルの前の広場には、朝早くから夜ふけまで、たくさんの群衆があつまって、わいわいさわぎたてていた。一目でもいいから、魚人を見たいという望みなのだ。
 彼らは、魚人を見たいために、いろいろなはなやかな飾りものをこしらえ、それをホテルの前へ引いて来て、歓迎の音楽を演奏したり合唱をしたりした。
 カビ博士のことは、一躍《いちやく》有名となった。
 
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