》の持主だろう。
「殺してしまえ。そのヤマ族の代表者を、ずたずたにひきさいてしまえ」
「復讐だ。そしてヤマ族の国へ攻めこんで行く前の血祭に、そのヤマ人を張り殺すがいい」
「そうだ、そうだ。やってしまえ」
 興奮しきったトロ族の暴漢は、僕をめがけて押しよせた。
 その野獣的な彼らの形相《ぎょうそう》に、また太古《たいこ》のままの好戦的な性格まるだしの有様《ありさま》に、僕はいささかひるみはしたけれど、ここで決心を曲げては万事《ばんじ》水の泡と思い、こっちも負けずに大声を張りあげた。
「トロ族の人々よ。君たちは悪魔に呪われていることに気がつかないのか。目ざめよ。君たちはもっと冷静にならなければならない。平和的に事を解決する道をえらばなければならない。暴力のみで、自分の意志を押し通そうというのは、神の憎みたまう最も邪道《じゃどう》である。目を開け、トロ族の諸君。君たちは神の道に反して、僕を暴力によって殺害しようとしている。しかし見ていたまえ。そういう暴力行使は何の役にもたたないから、君たちは遂《つい》に僕を殺害し得ないということを悟るだろう。そのとき君たちは、神のみ心を――」
「やっちまえ。きゃつをこの上、勝手気ままにしゃべらせておくことがあるものか」
「そうだ、そうだ。早く八つ裂にしてやるんだ」
 わあッと、彼らは殺到《さっとう》した。
 棒、石塊《せきかい》、刀、斧《おの》、その他いろいろな兇器が僕の頭上に降って来た。――僕は昏倒《こんとう》した。
 気がついてみると、辻ヶ谷君がタイム・マシーンの扉を細目に開いて、こっちをのぞきこんでいる。
「おう、辻ヶ谷君。早く僕を二十年後の世界へ送りかえしてくれたまえ。今、とても重大な出来事があの世界で起こっているんだから……」
「ほんとに、いいのか。何べんでも、あっちへ送りかえしてやればいいのか」
「そうなんだ。僕がもういいというまでは、いくどでも二十年後の世界へ僕を追い返してくれ給え」
「よし。やってあげるよ。器械がこわれない間は、やってやるよ」
 扉が、ぱたんとしまった。
 気がついてみると、僕はオンドリの足許《あしもと》に倒れていた。
 むくむくと起き上がった。
「おい、トロ族諸君。君たちは大ぜいでもって、まだ僕を殺し得ないではないか。いったい、どうしたんだ。よく反省してみたまえ」
「おンや。この野郎。また生き返って来たぞ。執念《しゅうねん》ぶかい野郎だ」
「へんだなあ。たしかにぶち殺して、手足も首も、ばらばらにしてしまったはずだが……」
「わたしは、なんだか気味が悪くなって来たわ」
「あの人がいっているとおり、神さまはあの人の方についているようね」
 そんな声が僕の耳にちらちらと、はいった。どうやら相手の中に、軟化《なんか》のしるしが見え始めた。が、安心するのは、まだ早かった。
「こいつは悪魔だ。もっと徹底的に叩きつぶさにゃ駄目だ」
「執念ぶかいやつ。やっつけろ」
「やっつけろ」
 オンドリは気が変になったようになって、僕におどりかかった。暴漢たちが、それに続いて僕へのしかかる。
 僕は息がつまってしまった。
 が、僕は四度五度と、死にかわり生きかわり、彼らの目の前に姿をあらわした。そしてそのたびにまずまっ先にオンドリを見つけて彼の肩を叩くことにした。
 オンドリは、始めの慓悍《ひょうかん》さをだんだんと失ってきて、次第にむずかしい顔付をするようになった。九回目には、彼は大きな恐怖の色をうかべて、死んだようになってしまった。僕は、そのそばへ行って介抱《かいほう》をしてやった。そして、こういった。
「もう分ったでしょう。君たちのやり方が間違っているということを。……それが分ったら、僕の忠告に従って、君たちは平和的に事を解決するために、代表者を数名えらんで海底都市へ派遣したまえ。及ばずながら、僕が仲介をしてあげるから」


   平和使節


 トロ族の暴漢どもは、今や鳴りをしずめた。その指導者のオンドリ先生と来たら、鳴りをしずめる以上にへたばってしまって、僕の足許《あしもと》に長く伸びて、気息《きそく》えんえんである。
「さあ、僕の提案を君たちは採用するか、採用しないか。すぐ決めたまえ」
 僕は彼らに、平和的解決をはかるために、トロ族代表者を決めて海底都市へ派遣するように、そしてその手引は僕がしてあげると申し入れたのだ。こうなっては、彼らは僕の提案を受けとるしかないのだ。
 彼らはオンドリのそばへ集まって低音の早口で、しきりに相談しているようだった。が、遂《つい》に事は決まったと見え、オンドリは大ぜいに身体を抱えあげられて僕の前に来た。
「あなたのおっしゃるとおりにします。われわれは五名の代表者を出します。そしてあなたについて海底都市へ行かせます。どうかよろしくお願いしたい。……なお
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