あたり前の死のように、たちまち意識は消えて、それなりけりとなるのか、どうなんだろう?)
殺されることだけでさえいやな上に、死後のことまでを心配しなければならないとは、なんたる不幸な僕であろうか。禁断《きんだん》の園《その》に忍び入ったる罪は、今、裁《さば》かれようとしているのだ。僕はもう観念した。たとえ針の山であろうと無間地獄《むげんじごく》であろうと、追いやられるところへ素直《すなお》に行くしかないのだ。
僕は、ひそかに仏《ほとけ》さまの慈悲《じひ》に輝いたお顔を胸に思いうかべた。そして南無阿弥陀仏《なむあみだぶつ》を唱《とな》え始めた。もちろん声は出ない、心の中でどなりたてたに過ぎないけれど……。
そのときであった。大きながらがら声で突然|怒鳴《どな》り散らし始めた者があった。その声はトビ男学生の声でもなく、また[#「また」は底本では「まだ」]もちろんダリア嬢のそれでもなかった。その叱咤する声は、だんだん大きくなっていって、雷鳴《らいめい》かと疑うばかりだった。
「……ばかだねえ、君たちは。二度と手に入らない貴重な人間をそんな無茶な目にあわすとは困るじゃないか。死んじまったら、わしは免職だよ。それに第一、これは君たち両人の所有物じゃないだろう、両人だけに勝手に処分されちゃ困るよ」
その声に聞き覚えがあった。それこそ正《まさ》にカビ博士だった。
カビ博士が救援に駆けつけてくれなかったら、僕は遂《つい》にダリア嬢たちの手であえない最後《さいご》を遂げてしまったことであろう。後でタクマ少年から聞いたところによると、博士は僕の盗難を大学の人からの急報によって知り、ベッドを滑《すべ》り下《お》りると寝巻《ねまき》のまま大学へ駆けつけ、それから捜査に移ったそうである。
「もう大丈夫だ。明日になれば元気を恢復するだろう。そしてもう、学生たちには襲撃されないように万全《ばんぜん》の手配をしてあるから、安心したまえ」
と、博士は僕を見舞って、こういった。
「先生。もう深海《しんかい》になげこまれるようなことはないでしょうね」
「そんな危険は今後絶対に起こらない。あの凶悪《きょうあく》なるダリア嬢と共犯者トビ学生は、共に本校から追放されたんだから、もう心配することはない」
遂に放校処分にあったのか。そんならもう大丈夫だろう。しかし僕はどこかに不安の影が宿っているような気がしてならなかった。
その翌日になると、カビ博士は又僕の病室を訪れて、枕頭《ちんとう》に立った。
「さあ、退院だ。わしと一緒に出よう」
「えっ、もう退院ですか。しかし僕は起上ろうとしても、ベッドから起上る腰の力さえないんですよ」
「ああ、そうか。それはまだ磁界《じかい》を外《はず》してないからだ。待ちたまえ今それを外すよ。……さあ、これでいい。起上りたまえ」
博士がベッドの下へ手を入れて何かしたと思うと、僕の身体は俄《にわか》に楽になり、軽くなった。それは病人の安静器《あんせいき》がベッドの下に入っているんだと、博士の説明であった。
その博士は、「今日はこれから君の慰安《いあん》かたがた、君を深海見物に連れて行こうと思う」といって、髭《ひげ》の中からにやりと笑った。
深海見物と開いて、いつもの僕なら大喜びをするところだったが、ダリア嬢たちから深海へ放りこむと嚇《おど》されたことを思い合わして、僕はぞっと寒くなった。
「それは願い下げにしたいですね。僕は深海と聞くと、ぞっとしますんですね」
「心配はないよ。わしの愛艇《あいてい》メバル号に乗っていくんだから、どんなに海底深く下《くだ》ろうと絶対安全だ」
「でも当分僕は……」
「それにわしは、折入って君に相談したいことがあるんじゃ。それも早くそれを取決めたいんだ。だからぜひ行ってくれ」
いつになくカビ博士が下手から出て、僕に懇願《こんがん》せんばかりであった。そういうとき、僕が博士のいうことをきいておかないと、僕が困ったときにどんな目にあうかもしれないと思ったので、僕は遂に同意した。すると博士は非常に喜んで、顔中の髭を動かし、満面に笑みを浮かべた。その笑顔を見ていた僕は、ふと別の顔を思い出した。
(ふしぎだなあ。カビ博士の顔と辻ヶ谷君の顔とは、非常によく似ているところがあるが……)
水圧嵐《すいあつあらし》
カビ博士は、僕を愛艇メバル号へ案内してくれた。
メバル号は、メバルのような形をした潜水艇で、深海の水圧にもよく耐える構造をもっているのだと博士は説明し、艇の横腹《よこはら》についている扉をあけて、僕に先に艇内へ入れといった。
扉は三重になっていた。つまり三つの区画を通らないと艇内に入れないのだ。おどろくべき用心である。しかしこのあたりの深海圧は、しばし潜水艇を、卵を外から叩いたように、
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