くしゃりとおしつぶしそうである。
「でも、水圧というものは、深度によって一定なんだから、艇の構造をそれに対して十分に耐える設計にしておけば心配ないわけでしょう」
 と、僕はちょっと理科の知識をふりまわした。
 すると博士は首を左右にふった。
「いやそんなかんたんなことじゃない。ここらの海中では、水圧嵐《すいあつあらし》が起こるんだ。水圧嵐が起こると、水圧が急にふだんの三倍にも四倍にも、時には何十倍にもあがる。そういうときには、どんな堅固《けんご》な潜水扉も卵をおしつぶすようにやられてしまう」
「なんでしょうね、その水圧嵐の原因は……」
「そのことじゃ。わしが日頃からひそかに注意を払って調べているのは。そして君に相談したいことがあるといったが、そのことにも関係しているんだ。要《よう》するに、われわれの今すんでいる海底都市は何者かによって狙《ねら》われているような気がするんだ。われわれはゆだんがならない。詳《くわ》しいことは、中へ入ってから話そう。さあ、早く入りたまえ」
「大丈夫ですかね、このメバル号も水圧嵐にあって、ひとたまりもなく潰《つぶ》れてしまうのではないですか」
「いや、その心配はない。わしは特別に用心してこの艇を設計した。ふだんの水圧の百倍までかかっても大丈夫なんだ」
「百倍ぐらいじゃ、まだ心配だなあ」
「なあに、大丈夫だ、心配に及ばん」
 僕は博士がそういうので、まだ心配はすっかりなくなったわけではなかったが、艇内へ進んだ。最後の防水耐圧扉《ぼうすいたいあつとびら》がひらかれた。その戸口から中に、りっぱな部屋が見えた。僕はおどろきながら、足を中へふみいれたが、その室内の豪華さに魂をうばわれてしまった。
 それと分る二つの操縦席。その前に並んだ計器板。左右の壁には精密《せいみつ》器械るいが、黄びかりのするパネルを並べて整然としていた。その他の空間にも、各種の食料の缶詰や、飲料の出てくるフックや何から何までがまるで蜂《はち》の巣みたいに小区画《しょうくかく》に入って、ぎっしりつまっていた。
 扉がばたんと閉まって、博士が、やれやれといった顔で中へ入って来て、操縦席の右側へ腰をおろした。そして左側の席へ、僕に座るようにといった。
「すぐ出発する。これがテレビジョンの映画幕だから、これを見ていたまえ」
 博士は、そういって、僕の前方の壁に、計器板の下についている六つの窓のようなものを指した。それには、さっき僕たちが入っていった博士の艇庫の内部がうつっていた。
 が、間もなく映像は動きだした。それは艇が航行をはじめたからだ。いつの間にか、艇は水の中につかって進んでいた。運河の中をもぐって進んでいるようだ。数條《すうじょう》の、きちんとした間隔《かんかく》で直線的に並んでいる標識燈《ひょうしきとう》が、映画幕にうつくしく輝いている。
 やがてその標識燈の行列が消えた。
「海中へ出た」
 博士がいった。なるほど、そうらしい。海底都市の構築物をはなれて、深海へ。異様な形をした魚群が、こっちへどんどん近づいて来たと思ったら、ぱっと花を散らしたように上下左右へとんだ。
 海中には、うす青い光がみちていた。また海底の丘などは白っぽく輝いていた。緑や茶色の海藻はすきとおって見え、魚群が近づくと嵐にあったような恰好《かっこう》で、おどりまくった。
 僕は、ふと博士のことが気にかかって、幕面より目を放すと、横にむいて隣席《りんせき》の博士の様子をうかがった。
 カビ博士は、一心ふらんに、計器を見ながら操縦をしている。
 僕は髭もじゃの博士の横顔をしばらく見ていた。
 それは、かねて僕が抱《いだ》いている疑問に、十分にこたえてくれたようだ。
「ねえ、先生。いや、辻ヶ谷君」
 僕は遂にそれをいってしまった。
 そういったときの博士のおどろきはどんなであろうかと、僕はそれを喋《しゃべ》るよりも前から興奮の絶頂《ぜっちょう》にあったのだが、博士は僕の期待に反して冷然《れいぜん》としていた。そしていつもの調子の声でいった。
「君は、今頃になって、それに気がついたのかね」


   奇妙な再会


「ああ、ほんとうに君は辻ヶ谷君だったのか、あのウ、君が二十年後の辻ヶ谷君で、そしてカビ博士なのかい」
 そうとは思っていたにしろ、カビ博士がこうして素直《すなお》にそれを認めたとなると、僕はあらたな狼狽《ろうばい》におちいらないわけにいかなかった。辻ヶ谷君なる学友は、今もあの東京の焼け野原に、時間器械をまもって計器を読んでいることとばかり思っていたのに、こうして僕のそばに何日もいっしょにいたとは、全く思いがけないことだ。
「君のいうとおりじゃ。ミドリモ君」
 ミドリモ君? 僕は、そういわれて博士の顔を見直した。
「ミドリモて、なんだい。君が今いったミドリモ君てえ
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