かねて座席を立つと両学生の間へ顔をつき出した。
「たいへん御両所とも討論にご熱心のようですが、ひとつ僕も中に入れていただいて、乾杯といきましょう」
 僕は給仕を呼んで酒を注文した。

 ダリア嬢とトビ君とは、僕が顔を出すと、顔を見合わせて、すっかり黙りこんでしまった。そして給仕が酒を持って来ると、両人は席からはじかれるように立った。僕が声をかけるのも聞かずに、両人はどんどん帰ってしまった。
 僕は、あとにいやな気持ちでとりのこされた。
 なにかが両人の気持ちを悪くしたにちがいない。しかしそれがなんであるかについては、僕にはさっぱり心あたりがなかった。
 同伴していたタクマ少年は、分かりませんと答えた。
 なんだか気持ちが悪い。
 劇場がはねると、僕はタクマ少年に送られてホテルに帰った。
 僕は部屋にひとりとなった。やがて僕はベッドの上に横になった。
 すぐには寝つかれなかった。昼間からの、あまりにも多いいろいろの刺戟的《しげきてき》な出来ごとを、それからそれへと思い続けていくと、ますます眼がさえて来た。
 それにしても、辻ヶ谷君が僕を時間器械でよびもどしてくれないことが不審《ふしん》でもあり、またありがたかった。たしかに二十年後の世界を約一時間散歩してくるという申し合わせで、僕はこっちへ来たわけだ。彼は何をしているのだろう。辻ヶ谷君も一しょに来ればよかったと思う。……
 急に睡《ねむ》くなった。
 それがあたり前の睡さでないことに僕はすぐ気がついた。どうしたんだろうと、いぶかしく思っているうちに、僕は知覚がなくなった。


   ふしぎな場所


 猛烈に睡《ねむ》い。
 しかし僕はそのとき自分の知覚をすこしずつ取戻しつつあったのだ。
(誰か僕に麻薬を嗅《か》がしたんだな。そして眼がさめてみりゃ僕は意外な場所に横たわっているという寸法だろう)
 それは果して麻薬であったか、それとも脳|麻痺力《まひりょく》のある電波であったか、そのところは、はっきりしないが、何者かのたくらみによって僕がホテルの一室から他の場所へ誘拐《ゆうかい》されたことはたしかだった。
 僕は徐々に眼ざめつつあった。
 かたいコンクリートの床の間に自分が横たわっていることに気がついた。果して誘拐されたんだ。それにしても、冷たいコンクリートの上に寝かされているとは、なんという相手の無礼《ぶれい》だろう
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