をたべると、いかなる他の料理をたべるよりもずっとおいしく感ずるのです。一挙両得《いっきょりょうとく》とは正《まさ》にこのことです。健康の失調はなおるし、口にもすてきにおいしいし、両得ではありませんか」
タクマ少年のいうことは、なるほど道理にかなっている。誰だって、薬をのむよりは、おいしい料理をたべることを好むだろう。魚がたべたくて仕様がないときには魚肉が持っている蛋白質《たんぱくしつ》やビタミンのAやDが身体に必要な状態にあるわけだし、昆布《こんぶ》がたべたくて仕様がないときには、身体に沃度分《ヨードぶん》が必要な場合なのであろう。
「しかしねえ、タクマ君。僕らが今どのような健康状態にあるかを知らないくせに、このとおり特別料理を僕らにあてがうのは、でたら目すぎるではないか」
「いや、そんなことはありません。私たちはこの食堂に入る前に、ちゃんと健康状態を調べられたんだから、まちがった料理をたべさせられることはありませんです」
「あんなことをいってら、いつ、僕らの健康状態が調べられるかね。そんな診察なんかちっとも受けやしなかったじゃないか」
僕はタクマ少年のでたら目をやっつけた。
「いいえ、ちゃんと診察されましたよ」
タクマ少年のこの返事は、僕にとって意外だった。
「君はどうかしているよ。少なくとも僕はどこに於《おい》ても診察されたおぼえがない」
「たしかに診察は行われました。さっき待合室で消毒されてから、この大食堂へ入るまでに、かなり長い廊下を一人ずつ歩かされましたねえ。あのとき私たちは一人ずつ診察をうけたのです」
「おや、そうかね。だが、誰も医師らしい人は見えなかったし、僕の胸に聴診器《ちょうしんき》があてられたおぼえもないが……」
「あれは廊下の両側の壁の中に、電気|診察器《しんさつき》があって、それで診察するんです。ですから見えもしないし、また非常にくわしい診察も出来るわけです。あんまりしゃべって[#「しゃべって」は底本では「しゃべて」]いると、料理がまずくなりますから、たべましょう。どうもごちそうさま」
「そうだ。とにかくたべなくてはね。大いに腹が減った」
「私に出された料理が、お客さんのよりもみすぼらしいということは、お客さんの方が私よりも健康の失調がひどいのです。おわかりでしょう」
なるほど、たしかにそうだ。
カスミ女史《じょし》
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