けでいいから海底都市へ行かせてくれ。あと、一ヶ月向うで生活させてくれれば、君にうんと御礼をするが――」
「よせよ。そんな気が変になるみたいな話は。それよりも、どこかで、一本十円の闇屋《やみや》の飴《あめ》をおごってくれよ。その方がありがたい」
「だめだなあ、君は。もう一ヶ月僕を海底都市に居らしめば、僕は偉大な事業を完成し、そして君を市長に選挙して!」
「よせ、よせ。いつまで夢の中の寝言みたいなことを喋《しゃべ》りつづけているんだ。ほら、足許《あしもと》に大きな石っころがあるよ」
 僕は、辻ヶ谷君に引立てられてタイム・マシーンの地下室から出て焼野原《やけのはら》に立った。
 もうすっかり夜になっていた。西空にうっすらと三日月《みかづき》が、はりついていた。こわれた瓦《かわら》の山を踏みしめながら、僕たちは、焼け残りの町の方へ歩いていった。
 僕は、だんだんと興奮からさめそれにかわって疲労がやって来た。それでとうとう辻ヶ谷君におぶさって寮へはいった。
 すっかり疲れてしまって、今は何を考える余裕《よゆう》もない。カビ博士が最後に僕にいった「深い事情」の謎も、気にはなるが、まだ解いてはいない。
 しかしふと気がついたのは、僕の寿命《じゅみょう》は、あの婦人が僕に会いに来るすこし以前に終ったのではなかろうか。しかもそれはあの海底都市ではなく、他の場所で終焉《しゅうえん》を迎えたのではなかろうか。それをカビ博士は知っているが、僕の妻君は、まだそれに気がついていないという場合ではないのだろうか。
 いずれ疲労がなおったら、このことを筋道だてて考えてみるつもりである。ともかく今は休養のひと眠りが僕に必要なのだ。



底本:「海野十三全集 第13巻 少年探偵長」三一書房
   1992(平成4)年2月29日初版発行
入力:tatsuki
校正:松永正敏
2001年7月17日公開
2006年7月24日修正
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