うぞこちらへおいで下さい」
 そういってタクマは僕を玄関から外に連れだした。
 僕はそこで、おびただしい人通りを見た。ホテルの前はにぎやかであった。行き交《か》う多くの人々は、いいあわせたように帽子もかぶっていなければ、オーバーも着ていない。そしてタクマ少年のように身体にぴったりあった上下のシャツを着て、平気で歩いていたのだった。それを見た僕の方が顔をあかくしたほどであった。
「この町には、貧乏な人が多いと見えるね」
 僕は、案内係のタクマ少年にそういった。
「ええっ、貧乏ですって。貧乏というのはどんなものですか」
 少年は貧乏でいながら、貧乏というものを知らないらしい。なんてのんきな少年だろう。
「だって君。こう見渡したところ、町を歩いている人たちは服も着ないで、シャツとスボン下だけしかつけていないじゃないか」
 君もその一人で、シャツとズボン下だけしか身体につけていないじゃないか――といいたいのを僕は遠慮して、このホテルの玄関の前を通行する人々だけを指していったのだ。
 するとタクマ少年は、目を丸くして僕の顔を見、それから通行人たちの姿を見て、声をあげて笑った。
「お客さんは、ずいぶん田舎からこの町へお出でになったんでしょうね。だからお分りにならないのも無理はありませんが、あそこを通っている人たちも私も、一番りっぱな服を着ているのでございます」
「一番りっぱな服だって。でもシャツとズボン下とだけではねえ」
「よくごらん下さい。これは一番便利で、働くのに能率のいい『新やまと服』なんです。身体にぴったりとついていて、しかも伸《の》び縮《ちじ》みが自在《じざい》です。保温がよくて風邪もひかず、汗が出てもすぐ吸いとります。そして生まれながらの人間の美しい形を見せています。私たち若いものには、この服が一番似合うのです。お客さんのお年齢《とし》ごろでも、きっと似合うと思いますから、なんでしたら、後でお買いになっては、如何ですか」
 お客さんの年齢《とし》ごろ――といわれたので、僕は自分が時間器械に乗ってこの国へ来てからこっちいっぱしの大人の形となり、髭《ひげ》まで生えていたことを思い出した。
「なるほど。わしは田舎から来たばかりなんで、この町のことはよく分らんのだ。それで君に案内を頼んだわけさ。はっはっはっ」
 僕は笑いにまぎらせて、たいへん進歩した、新やまと服の議論をおし
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