僕はとうとうたまらなくなって、腹をゆすぶって笑い出した。二十年たったら、僕はこんなきざな男になるのかと思うと、おかしくて、笑いがとまらない。
 笑っているうちに、また気がついたことが一つある。
(とにかく僕はもう二十年後の世界へ来てしまっているんだから、その気持になって万事《ばんじ》しなければならない。あの老ボーイに対しても、こっちはお客さまで、大人だぞというふうに、ふるまわなければいけない)
 それはちょっとむずかしいことであったが、この際もじもじしていたんでは、みんなにあやしまれて、かえって苦しい目にあわなければなるまい。
「やあ。わしはちょっと町を見物したいのである。誰か、おとなしくて話の上手《じょうず》な案内人を、ひとりやとってもらいたい」
「はあ」と老ボーイは、しゃちこばって、うやうやしく返事をした。
「それからその案内人が来たら、すぐ出かけるから、乗物の用意を頼む」
「はあ、かしこまりました」
「それだけだ。急いでやってくれ」
「はあ。ではすぐ急がせまして、はい」
 老ボーイは部屋を出て行こうとする。そのとき僕は、また一つ気がついたことがある。
「おいおい、もう一つ頼みたいことがあった」
「はい、はい」
「あのう、ちょっと腹がへったから、何かうまそうなものを皿にのせて持ってきてくれ」
「はあ、かしこまりました」
「これは一番急ぐぞ」
 そのように命じて、僕はにやりと笑った。しめしめ、これですてきなごちそうにありつける。さてどんなごちそうを持って来るか……。


   タクマ少年


 老ボーイが持って来たごちそうのすばらしさ。それは山海《さんかい》の珍味づくしだった。車えびの天ぷら。真珠貝の吸物、牡牛《おうし》の舌の塩漬《しおづけ》、羊肉《ひつじにく》のあぶり焼、茶の芽《め》のおひたし、松茸《まつたけ》の松葉焼《まつばやき》……いや、もうよそう。いちいち書きならべてもしようがないから。
 僕は、これ以上お腹がふくらむと破けるところまでたべた。そのとき老ボーイが又やって来た。
「旦那さま。案内人が参りましてございます」
 ようやく案内人が来たか。
「よろしい。では、すぐこれから出かける。あのう、帽子とオーバーとを持ってきてくれ」
 ほんとうのところ、僕は自分の帽子やオーバーがこのホテルに預けてあるかどうか知らなかった。しかしこうなった以上は、なんでもかんで
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