つかえないんだ。いや、待った。怒ってはいかんよ、終りまで聞いてくれなくては――」
「だまれ。僕なんか殺されて一向さしつかえないとは、何という言《い》い草《ぐさ》だ。おせっかいにも程《ほど》がある、何というあきれた――」
「いやそこをよく考えてもらいたいんだ。これはなかなか重大なことなんだが、冷静を失うと、もう分らなくなるのだ。いいかね、ミドリモ君。いや、本間君。君がこれから出かけて殺されたとしてもだ――怒ってはいかん、よく考えてくれ――君が殺されたとしても、本当の君は殺されないのだ。分るかね――」
僕には何のことだが分らない。また、腹が立ってたまらないので、分らせるつもりもなかった。
「よく考えてみたまえ。これから君が出かけていって、恐るべき陰謀者と対談中、不幸にも君が相手の手にかかって殺されてしまってもだ、本当の君は死なないのだ、なぜならば、僕とこうして並んでいる君は『二十年後の世界』へ見物に来ている君にすぎないからだ。本当の君はこの世界よりも二十年過去にさかのぼった世界に住んでいるんだ。そうだろう。これは分るか」
そういわれてみると、なるほどそれにちがいない、僕は博士の説に興味をおぼえた。
博士は、僕の顔色が直ったのを早くも見てとったか、その機を外《はず》さず、喋《しゃべ》りたてた。
「つまりだ。今僕と並んでいる君は、本体《ほんたい》のない幻《まぼろし》にすぎないのだ。本体の君は、連続的成長を続けて、やっと青年になりかけのところにいるんだ。だからね、幻の君が……で殺されようとも、君の本体は死なない。ただ君の幻が、殺されたように見えるだけだ。君の生命は絶対に安全である。分ったかね」
分ったようでもあり、なんだかごま化《か》されているようでもあった。僕はそのとおり素直に博士にいってやった。
「ごま化したりしていやしないよ、子供でもこれは分る理屈《りくつ》なんだがなあ。――とにかく君の本当の生命があやうくなるようなことを、君の親友の僕たるものがすすめるはずがないじゃないか。そしてね、なにもかもさらけだしてしまうと、君なる者はいくらこの世界で殺されたって、君の本当の生命には異常がないという真理を、僕は大いに重宝《ちょうほう》に思って、それを出来るだけ利用しようとしているのだ。もちろん他日《たじつ》、君にはうんと報酬《ほうしゅう》を払うことを約束する」
だんだん
前へ
次へ
全92ページ中65ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング