事件だ。しかし僕にどんな仕事がつとまるというのかね。僕は、君のいうところでは、すこし頭がつかれて、南瓜頭《かぼちゃあたま》らしいんだが、それでも役に立つのだろうか」
僕は、いささか皮肉《ひにく》なもののいい方をした。
「いや。それがね、君でなくちゃならないことがあるんだ。とにかく、あそこに見える海底の丘かげへ、このメバル号をつけて、ゆっくり話をするとしよう」
カビ博士は、下方《かほう》に見える乳房《ちぶさ》の形にこんもりもりあがった白い丘陵《きゅうりょう》へ向け、下《さ》げ舵《かじ》をとった。艇はゆるやかに曲線の道をとって、水中を降下していった。
「わざわざこんなところまで出かけないと、話が出来ないのかね。そんなわけがあるのかい」
僕は、きいた。
「そうなんだ。町では、こんなことはうっかり喋《しゃべ》れないんだ。おそろしい相手が、到《いた》るところに秘密のマイクをしかけてあるし、そのうえに、あやしい人物がうろうろしているんだからね。この間も、博物標本室の、象《ぞう》の剥製《はくせい》標本の中から、のこのこと出て来た諜者《ちょうじゃ》がいたからね、わしの教室だって、決して安全な場所ではないんだ」
そういうカビ博士の顔には、いつにない不安の色が漂《ただよ》っていた。
「深海底なら大丈夫というわけかね」
「うん、多分大丈夫だろう。しかしここも絶対に安全とはいえないんだ――ありゃりゃ、これはたいへんだ、逃げよう、力いっぱい!」
なにおどろいたか、カビ博士は急にアクセルを入れて、艇に最大速力をあたえた。飛ぶ、飛ぶ。海底の丘をとびこして艇は必死に飛んで逃げる。
恐怖《きょうふ》の陰謀者《いんぼうしゃ》
カビ博士が、あんな真剣な顔付になったことを、今までに見たことがない。博士は、操縦席に、長髪をさか立て、目を皿のように見開いて全速力のメバル号の速度をもっともっとあげようと努力したのだ。
メバル号は流星の如く深海の中をかけぬけた。もはや海底のはてまでも来たのではないかと思われる頃、それまで石像《せきぞう》のようだった博士は、やっとからだを動かしはじめた。
「あああ、おどろいた。さっきはもういけないかと思った」
博士は、そういって、ハンカチーフで額の汗をぬぐった。
「どうしたんだね、君をそんなにびっくりさせたのは……」
と、僕はたずねた。何者か強敵《き
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