気がしてならなかった。
その翌日になると、カビ博士は又僕の病室を訪れて、枕頭《ちんとう》に立った。
「さあ、退院だ。わしと一緒に出よう」
「えっ、もう退院ですか。しかし僕は起上ろうとしても、ベッドから起上る腰の力さえないんですよ」
「ああ、そうか。それはまだ磁界《じかい》を外《はず》してないからだ。待ちたまえ今それを外すよ。……さあ、これでいい。起上りたまえ」
博士がベッドの下へ手を入れて何かしたと思うと、僕の身体は俄《にわか》に楽になり、軽くなった。それは病人の安静器《あんせいき》がベッドの下に入っているんだと、博士の説明であった。
その博士は、「今日はこれから君の慰安《いあん》かたがた、君を深海見物に連れて行こうと思う」といって、髭《ひげ》の中からにやりと笑った。
深海見物と開いて、いつもの僕なら大喜びをするところだったが、ダリア嬢たちから深海へ放りこむと嚇《おど》されたことを思い合わして、僕はぞっと寒くなった。
「それは願い下げにしたいですね。僕は深海と聞くと、ぞっとしますんですね」
「心配はないよ。わしの愛艇《あいてい》メバル号に乗っていくんだから、どんなに海底深く下《くだ》ろうと絶対安全だ」
「でも当分僕は……」
「それにわしは、折入って君に相談したいことがあるんじゃ。それも早くそれを取決めたいんだ。だからぜひ行ってくれ」
いつになくカビ博士が下手から出て、僕に懇願《こんがん》せんばかりであった。そういうとき、僕が博士のいうことをきいておかないと、僕が困ったときにどんな目にあうかもしれないと思ったので、僕は遂に同意した。すると博士は非常に喜んで、顔中の髭を動かし、満面に笑みを浮かべた。その笑顔を見ていた僕は、ふと別の顔を思い出した。
(ふしぎだなあ。カビ博士の顔と辻ヶ谷君の顔とは、非常によく似ているところがあるが……)
水圧嵐《すいあつあらし》
カビ博士は、僕を愛艇メバル号へ案内してくれた。
メバル号は、メバルのような形をした潜水艇で、深海の水圧にもよく耐える構造をもっているのだと博士は説明し、艇の横腹《よこはら》についている扉をあけて、僕に先に艇内へ入れといった。
扉は三重になっていた。つまり三つの区画を通らないと艇内に入れないのだ。おどろくべき用心である。しかしこのあたりの深海圧は、しばし潜水艇を、卵を外から叩いたように、
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