あたり前の死のように、たちまち意識は消えて、それなりけりとなるのか、どうなんだろう?)
 殺されることだけでさえいやな上に、死後のことまでを心配しなければならないとは、なんたる不幸な僕であろうか。禁断《きんだん》の園《その》に忍び入ったる罪は、今、裁《さば》かれようとしているのだ。僕はもう観念した。たとえ針の山であろうと無間地獄《むげんじごく》であろうと、追いやられるところへ素直《すなお》に行くしかないのだ。
 僕は、ひそかに仏《ほとけ》さまの慈悲《じひ》に輝いたお顔を胸に思いうかべた。そして南無阿弥陀仏《なむあみだぶつ》を唱《とな》え始めた。もちろん声は出ない、心の中でどなりたてたに過ぎないけれど……。
 そのときであった。大きながらがら声で突然|怒鳴《どな》り散らし始めた者があった。その声はトビ男学生の声でもなく、また[#「また」は底本では「まだ」]もちろんダリア嬢のそれでもなかった。その叱咤する声は、だんだん大きくなっていって、雷鳴《らいめい》かと疑うばかりだった。
「……ばかだねえ、君たちは。二度と手に入らない貴重な人間をそんな無茶な目にあわすとは困るじゃないか。死んじまったら、わしは免職だよ。それに第一、これは君たち両人の所有物じゃないだろう、両人だけに勝手に処分されちゃ困るよ」
 その声に聞き覚えがあった。それこそ正《まさ》にカビ博士だった。
 カビ博士が救援に駆けつけてくれなかったら、僕は遂《つい》にダリア嬢たちの手であえない最後《さいご》を遂げてしまったことであろう。後でタクマ少年から聞いたところによると、博士は僕の盗難を大学の人からの急報によって知り、ベッドを滑《すべ》り下《お》りると寝巻《ねまき》のまま大学へ駆けつけ、それから捜査に移ったそうである。
「もう大丈夫だ。明日になれば元気を恢復するだろう。そしてもう、学生たちには襲撃されないように万全《ばんぜん》の手配をしてあるから、安心したまえ」
 と、博士は僕を見舞って、こういった。
「先生。もう深海《しんかい》になげこまれるようなことはないでしょうね」
「そんな危険は今後絶対に起こらない。あの凶悪《きょうあく》なるダリア嬢と共犯者トビ学生は、共に本校から追放されたんだから、もう心配することはない」
 遂に放校処分にあったのか。そんならもう大丈夫だろう。しかし僕はどこかに不安の影が宿っているような
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