いというんですよ。お志万さん、御免よ、ね」
 お志万は下俯向《したうつむ》き、前垂《まえだれ》をぎりぎりと噛んで、二三度|肯《うなず》いてみせる。その白い襟元の美しさに烏啼は目をやって、貫一の奴はどこかに欠陥があるのかなと思った。
「さあ、ここらで飯にしよう」
 と、貫一は茶碗をお志万の方へ差出した。
 貫一は、軽く二杯をかきこむと、急いで席を立とうとした。
「待て、貫一」
 と烏啼は手をあげて停めた。
「僕は約束があるんだ。だから……」
「約束なんかないよ。ごま化《か》すない。それよりも、おれはお前にいいつけることがある、さ、もう一度座りなよ」
「お志万さんのことなら、何度いっても駄目だ」
「そのことじゃねえ。商売のことさ。出獄したところでお前に一つ腕前を奮って貰わなくちゃ、烏啼天駆の弟で候《そうろう》のといっても、若い奴らが承知しねえ。かねておれが用意しておいた大仕事があるんだ。お前は仕事始めに、それをやるんで。その代り骨が折れるぜ」
 烏啼の声がだんだん、毒味を加えた。
「へえ……」
 貫一は目をぱちくり。
「お前、胆《きも》っ玉は大丈夫だろうね」
「兄貴は本気でものをいっている
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