、地下の特別倉庫へ安置せられた。
「うまくやったのう」烏啼がちょっぴり賞めた。「何か変ったことはなかったか」
「いいえ、なんにも……」
 と貫一は刑事の件については語らなかった。


   油断《ゆだん》なき警戒


 第一夜の成功に味をしめて、貫一は第二夜を迎えると、予定のとおり品川の琥珀寺へ出掛けた。
 やっぱり空には戸鎌のような月が出ていて、貫一がやった昨夜の仕事を知っているぞという風に見えた。
 お寺は海端《うみばた》にあった。松の木の根元で煙草を吸いつけていると、引揚げられた舟の蔭から一人の男が立現われて、貫一に火を貸してくれといった。その男を見て貫一は愕《おどろ》いた。派手な毛糸を縞に編んだセーターを着、チョコレート色のズボンをはいた男だった。顔は大きく、頭の上に乗っている鳥打帽はいやに小さく、昨夜の刑事にたいへん似ているが、真逆《まさか》あの刑事ではあるまい。あの刑事なら右腕をつけ根のところから千切《ちぎ》られて、今頃は蒼い顔をして三途《さんず》の川を歩いている筈だった。――が、それにしても、声音《こわね》が似ているので、貫一はぞっとした。
 刑事は、自らそれを名乗ると共に、近所が物騒なことを告げて、向こうへ行ってしまった。昨夜と同じようだ。近頃の刑事というのは皆あんな服装をし、あんなことをいうように命令されているのだろうか。
 それから二十分後に、貫一は琥珀寺の秘仏である吉祥天女像を、荒ごもに巻いて背中に背負い、寺を出た、その寺では、坊主たちが気がついて騒ぎだしたが、貫一がピストルをポケットから出すと一同は温和《おとな》しくなり、貫一のいうことを聞いて一同は便所の中に本当の雪隠詰《せっちんづ》めとなった。
 貫一はその後で、便所の戸を釘づけにし、そして悠々と吉祥天女像を荷造して背負って寺を立ち出たのであった。
 と、だしぬけに「待て、賊!」と声をかけて、こちらへ駆けて来る者があった。月明かりに見れば、又しても例の変ったユニフォームを着た刑事だった。
 銃声一発! 刑事は蝙蝠《こうもり》のような恰好をして道路上に倒れたが、そのとき刑事の左腕が切断して宙にとぶのが見られた。
 貫一は、そのまま走り去った。前夜と同じことが続くとは、なかなか油断出来ない世の中になったものだわいと、彼は烏啼の館へ帰着するまで全身の緊張を解かなかった。
 地下の倉庫には、二体の秘仏が並んだ。烏啼は、やはりちょっぴりと貫一を賞め、そして「何か変ったことはなかったか」と訊《き》いた。貫一は異状なしと嘘をついた。
 その次の第三夜は、葛飾へ出掛けた。
 二度あることは三度あるというが、ふしぎにも同じことがあった。縞馬みたいな刑事が煙草の火を借りに来て、この辺は物騒だから要慎《ようじん》するように注意して去った。
「どうも変なことがあればあるものだ。毎晩同じような服装をした同じような刑事が現われて来やがる。……しかしまさか同じ人間じゃあるまいな。前の夜の刑事なら、あんなにぴんぴんしていられる訳がない。それに同じ刑事なら、煙草の火を借りるにしても、もっと何か前夜と連絡のあるような文句をいう筈だが、実際はそんなことはなかったんだからなあ。だから、やっぱり別の人間に違いない」
 その夜仕事が終って寺を抜け出て通りへ出た途端《とたん》に、またもや約束事のように、刑事がとび出して仏像を背負った貫一を後から呼び留めた。
「これでも喰《くら》え」
 貫一の放った一弾は、刑事の右の脚を、膝の上のあたりで切断をしてしまった。刑事は、すってんころりと転んだが、気丈夫な奴と見えて匐《は》いながら、千切れた脚をつかんで頭の上にさしあげたと思うと、ぱったり倒れて動かなくなった。――貫一は、ざまを見やがれと捨台辞を残して、その場を退散した。
 烏啼の館に、尊い仏像は三体も集った。
「異ったことはなしか、今夜はいやに顔色が良くないが……」
 と烏啼が訊いたが、貫一は例によって異状なしと頑張った。
 第四夜は世田谷《せたがや》方面だった。
 さすがの貫一も、その夜は少々気味が悪くて、足がいつものように楽に進みはしなかった。
「旦那。すみません、煙草の火を貸して下さい。すみません」
 又もや同じような服装の刑事に違いない男が寄って来た。
「君は毎晩おれのところへ火を借りに来るじゃないか」
 と、貫一はもうたまらなくなって、前後の見境もなく、そんな言葉を吐いてしまった。
「えっ、何ですって、毎晩旦那の前に私が現われますって。へッ、冗談じゃありませんよ、お目に懸《かか》るのは今夜が始めてで……」
 刑事は、そういって否定した。貫一の予期したとおりであったので、彼はほっとした。かの刑事が立去る後姿を、貫一は注意力を傾けて見ていたが、それは満足すべきものであった。なぜなれば、もし彼の刑事
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