こはくじ》。これは吉祥天女像《きっしょうてんにょぞう》、第三は葛飾《かつしか》の輪廻寺《りんねじ》の――」
「まあ、後でゆっくり読んで、案を練るがいい。それについてもう一ついって置くが、そのピストルはこっちへ預けて行け」
 烏啼は、貫一のピストルを鷲《わし》づかみにして、さっさと懐中へ収《しま》いこんだ。貫一はあわてた。
「じょ、冗談を。それを召上げられては、こちとらは――」
「貫一。こんどの出獄を機会に、ピストルの使用を禁ずる。それがお前の身のためだ。しかといいつけたぞ」
「そんな無茶な……あっ、兄貴」
 烏啼は、つと立って奥へ入った、大狼狽《だいろうばい》の貫一と艶麗《えんれい》なるお志万をうしろに残して……


   たしかな腕前


 黒い森の上には戸鎌《とがま》のような月が懸っていた。春はどこかへ行っちまって、いやに冷え込む今宵だった。森をめがけて、すたすた近づいて来る一つの人影。
 それがいきなり跼《かが》んだかと思うと、かちッとライターの火が光った。やがて暗闇に、煙草の赤い一つ目が現われる。
「さて、仕事前の一服と……。寺はあれだな」
 と、ひとりごとをいうこの怪漢こそ、烏啼の館《やかた》から抜けて来た的矢貫一に違いなかった。うまそうに紫煙をすいこんでから、あたりに気を配り、それから手を上衣の内ポケットへ入れたと思うと、すぐ引出した手に、月があたってきらりと光るものが握られていた。
「このピストルの方が、筋はいいんだ。何が幸いになるか分らないもんだ」
 ちょっと片手で弄《もてあそ》んで、するりと元のポケットへ返した。烏啼のために愛用のピストルを取上げられた貫一は今夜の仕事に、すぐどこかで新しい上等のピストルを手に入れて来たのである。
「すみません、ちょっと火をお貸しなすって」
 不意に真暗から声がして、貫一の前に一人の男がのっそりと現われた。若い男だが、毛糸で編んだ派手な太い横縞《よこじま》のセーターに、ズボンはチョコレート色の皮ものらしいのをはき、大きな顔の頭の上に、小さい黄いろい鳥打帽をちょこんと乗せている。
「へえ、すみません。点《つ》きました」その男は二三遍頭を下げてから立上った。ズボンの皮が引張られるためか、変な音がした。「旦那、どこへいらっしゃるんで……」
「この先まで帰るんだが、ちょっと腰が痛くなって一休みしているんだ」
 と、貫一は出鱈目《でたらめ》をいった。
「そうですかい。この辺は物騒《ぶっそう》ですから、気をおつけなさい」
「お前さんは物騒でないのかい」
 と貫一は、ちょっとからかった。
「とんでもない。私は刑事ですよ」
「刑事? ははン、それはどうも……」
「じゃあ、気をつけてお出でなせえ、さようなら」
 縞馬《しまうま》の刑事は、向こうへすたすたといってしまった。後に貫一は、忌々《いまいま》しげに舌打をした。
 さあ仕事だ。今のうちに早いところ仕留めて置こうと、貫一はそれから森の中へ入っていった。
 二十分ばかり経つと、森の奥から、背中にむしろ包みの秘仏《ひぶつ》酒買の観世音菩薩の木像をしばりつけた貫一の姿が現われた。これは至極やさしい窃盗で得たもの、坊主たちは本堂をからにして奥へ引込んでどぶろくを沸かし、ダンス・レコードをかけてわいわいやっていた。その隙間に、至極かんたんに頂いて来たもの。
「待てッあやしい奴……」
 いきなり暗闇から、月光流れる街道の真中へとび出した人影。ばらばらとこっちへ駆けてくるところを、貫一が透《す》かしてみると、何のこと、さっき名乗った縞馬の刑事野郎であった。
 無体《むたい》に癪《しゃく》にさわった。背中に大きなものを背負っているから駆け出すわけにもいかない。ぐずぐずしていりゃあの若い奴に締められちまう。貫一の決心はついた。いきなりピストルを取出すと、がっちり覘《ねら》ってぷすンと一発――消音装置がしてあるから、音は低い。
 きゃッと、のけぞってぶっ倒れる刑事。そのとき貫一は、はっきり見た――彼の放った一弾は、刑事の右腕に命中し、そして二の腕あたりからもぎとって、すっとばしてしまったことを。
「ざまあ見やがれ。雉《きじ》も鳴かずば撃たれめえ。腕を一本放しちまえば、あとは出血多量で極楽へ急行だよ。じゃあ刑事さん、あばよ」
 貫一は、窮屈《きゅうくつ》な恰好で捨台辞《すてぜりふ》を重傷の刑事に残し、すたすたといってしまった。
 貫一は射撃に自信と誇りとを持っていたから、彼は未だ曾《かつ》て、狙った相手に対し、二発目をぶっ放したことがなかった。一発で沢山なのである。一発でもって、間違いなく、覘ったところへ弾丸を送りこんでしまうのが自慢だったし、確かにその通りで覘いが外《はず》れたためしがない。
 彼は揚々《ようよう》と烏啼の館へ立ち戻った。秘仏は彼の肩から下ろされ
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