目《でたらめ》をいった。
「そうですかい。この辺は物騒《ぶっそう》ですから、気をおつけなさい」
「お前さんは物騒でないのかい」
 と貫一は、ちょっとからかった。
「とんでもない。私は刑事ですよ」
「刑事? ははン、それはどうも……」
「じゃあ、気をつけてお出でなせえ、さようなら」
 縞馬《しまうま》の刑事は、向こうへすたすたといってしまった。後に貫一は、忌々《いまいま》しげに舌打をした。
 さあ仕事だ。今のうちに早いところ仕留めて置こうと、貫一はそれから森の中へ入っていった。
 二十分ばかり経つと、森の奥から、背中にむしろ包みの秘仏《ひぶつ》酒買の観世音菩薩の木像をしばりつけた貫一の姿が現われた。これは至極やさしい窃盗で得たもの、坊主たちは本堂をからにして奥へ引込んでどぶろくを沸かし、ダンス・レコードをかけてわいわいやっていた。その隙間に、至極かんたんに頂いて来たもの。
「待てッあやしい奴……」
 いきなり暗闇から、月光流れる街道の真中へとび出した人影。ばらばらとこっちへ駆けてくるところを、貫一が透《す》かしてみると、何のこと、さっき名乗った縞馬の刑事野郎であった。
 無体《むたい》に癪《しゃく》にさわった。背中に大きなものを背負っているから駆け出すわけにもいかない。ぐずぐずしていりゃあの若い奴に締められちまう。貫一の決心はついた。いきなりピストルを取出すと、がっちり覘《ねら》ってぷすンと一発――消音装置がしてあるから、音は低い。
 きゃッと、のけぞってぶっ倒れる刑事。そのとき貫一は、はっきり見た――彼の放った一弾は、刑事の右腕に命中し、そして二の腕あたりからもぎとって、すっとばしてしまったことを。
「ざまあ見やがれ。雉《きじ》も鳴かずば撃たれめえ。腕を一本放しちまえば、あとは出血多量で極楽へ急行だよ。じゃあ刑事さん、あばよ」
 貫一は、窮屈《きゅうくつ》な恰好で捨台辞《すてぜりふ》を重傷の刑事に残し、すたすたといってしまった。
 貫一は射撃に自信と誇りとを持っていたから、彼は未だ曾《かつ》て、狙った相手に対し、二発目をぶっ放したことがなかった。一発で沢山なのである。一発でもって、間違いなく、覘ったところへ弾丸を送りこんでしまうのが自慢だったし、確かにその通りで覘いが外《はず》れたためしがない。
 彼は揚々《ようよう》と烏啼の館へ立ち戻った。秘仏は彼の肩から下ろされ
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