しい。あの颯爽《さっそう》たる青年、見るからに文化教育をうけたらしいスッキリした東京ッ児――それが百年も前からミチミを恋人にしていたような態度で「ミチミ、ミチミ!」と呼んでいるのだった。ああ万事休す矣。また何という深刻な宿命なのだろう。お千と自分との無様《ぶざま》な色模様を見せたのも宿命なら、いまさらこんなところでミチミに会ったのも宿命だった。
ミチミは頬を膨らまし、背中を向けて向うへいってしまった。杜には、あれがいつものミチミなのだろうかと疑ったほど、彼女の身体はあか[#「あか」に傍点]の他人のように見えた。お互に理解し合うことはありながら、こうなっては、たとえ何から何までうちあけても、その一部とて信用されないかもしれない。それほど致命的なこの場の破局だった。杜は痛心を圧《おさ》えることができないままに、それからズンズン一人で歩きだした。
橋桁を渡って、本所区へ――
そして彼は当途《あてど》もなく何処までもズンズン歩いていった。まるで天狗に憑《つ》かれた風《ふう》のように速く――。
7
「よう、あんたァ、――」
と、お千が追いすがるようにして、後方《うしろ》
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