るわよォ、折角|結《ゆ》ったのにィ――」
 女は両袖をパッと左右に開いて、男の前によそ行きの顔をしてみせた。
「どう、あなたァ、――」
 男は、女の束髪《そくはつ》すがたを、目をまるくしてみつめていた。
「あんたってば、無口なひと[#「ひと」に傍点]ネ」
「いや、感きわまって、声が出ない」
 男は両手を拡げた。
 女はその手を払うようにして、男の肩を押した。
「さあ連れてってよ、早く早く」
 若い二人は、身体を重ねあわせるようにして、狭い階段をトントンと下に下りていった。
 そこには蚊取り線香を手にした下のお内儀《かみ》がたっていた。
「おばさん、ちょっと出掛けます」
「あーら、松島さん、お出掛け? まあお揃いで――。いいわねえ」
「おばさん、留守をお願いしてよ」
「あーら、房子さん。オヤ、どこの奥さんかと見違えちゃったわ。さあ、こっちの明るいところへ来て、このおばさんによく見せて下さいな」
「まあ恥かしい。――だって、あたし駄目なのよ、ちっとも似合わなくて。ホホホホ」
 房子は顔を真赤にして、下のお内儀の前を駈けぬけるように玄関へとびだしていった。お内儀の目には、房子の夏帯の赤いいろ
前へ 次へ
全93ページ中11ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング